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南海貿易 なんかいぼうえきNan-hai mao-yi

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

南海貿易
なんかいぼうえき
Nan-hai mao-yi

中国と南方諸国 (インドシナマレーインドネシアフィリピンの諸地域およびインド洋ペルシア湾などの沿岸地域) との間に行われた貿易。朝貢,優賜をも含む。南海貿易の起源は古く,前 214年秦の始皇帝が南海貿易の利を手中に収めようと嶺南の地を経略したことに始る。

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世界大百科事典 第2版の解説

なんかいぼうえき【南海貿易】

中国と東南アジア南アジアとの間の海上貿易。通常17世紀以前の時期について用いる。中国と東南アジア,南アジアとの間の海上貿易は前2世紀ころから始まったものと見られる。その後,5世紀までは中国からは金・銀,絹織物が輸出され,その見返りに南アジア,西アジアなどからの宝石,工芸品などが輸入されていた。しかし5世紀に中国国内で金・銀が不足するようになると,中国は一転して東南アジア,南アジアから金・銀を輸入し始めた。

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世界大百科事典内の南海貿易の言及

【専売】より

…しかしこれも南宋以降はしだいに自由商品化される。南海貿易を市舶司を通して国家管理下においた宋では,数多くの輸入品でもとくに瑇瑁(たいまい),象牙,犀角,珊瑚(さんご),瑪瑙(めのう),乳香など10種を榷貨に指定していた。また元初にはとくに河南,陝西の竹園を官営し,竹を専売扱いしたが,一時的に終わった。…

【東西交渉史】より

…また6~7世紀における突厥(とつくつ)の勃興に伴って,天山北麓よりアラル海,カスピ海の北岸地帯を経て東ローマに至る〈草原の道〉も,〈オアシスの道〉と並んで再び脚光をあびるに至った。 これに対して〈海の道〉は,前3世紀の末,当時〈番禺〉と呼ばれた現在の広東が中国人によって征服され,前2世紀後半にインドシナ半島の北部までが中国の領土となると,この番禺を中心に,中国人の南海貿易も開始され,紀元前後には,南海の商船が,犀角,真珠,象牙などの珍品を積んでこの港に到着した。一方,西方のギリシア人,ローマ人たちも,1世紀中ごろ以降,季節風を利用して盛んにインド洋に進出し,同じころには《エリュトラ海案内記》と題する,航海の実体験にもとづく南海地方の周航記も残されている。…

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