デジタル大辞泉
「南葵文庫」の意味・読み・例文・類語
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なんき‐ぶんこ【南葵文庫】
- 旧紀州侯徳川頼倫(よりみち)が東京都港区麻布の自邸に設立経営した図書館。明治四一年(一九〇八)、一般に公開。大正一三年(一九二四)東京帝国大学付属図書館に寄贈。現在は東京大学図書館所蔵の特殊文庫の一つで、紀伊徳川家累代の図書に、他家の蔵書が加わり、記録・歴史などの図書を中心に、和洋書約九万六千冊を収める。
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南葵文庫
なんきぶんこ
旧紀州藩主徳川家の文庫で、その名称は旧領地の南紀と家紋の葵(あおい)からつけられた。1902年(明治35)4月、東京都麻布(あざぶ)区(現、港区)飯倉(いいぐら)町6丁目で約100坪の2階建物と20坪の2階書庫から始まり、その後、書籍が増加し、35坪3階の書庫と210余坪の新館を増設した。蔵書は、徳川家旧来の書籍約2万冊とその後の購入・寄贈を含めて約5万冊、ほかに寄託書があった。2008年10月『南葵文庫蔵書目録』が出版された(984ページ)。現在は、東京大学図書館に寄贈されている。
[安藤精一]
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南葵文庫
1899年、紀州徳川家の頼倫(よりみち)によって東京麻布に作られた私設図書館。日本で最初の西洋式図書館。建物は現在は熱海に移設され、星野グループが経営するオーベルジュ「ヴィラ・デル・ソル」になっている。
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南葵文庫【なんきぶんこ】
1902年,旧紀州藩主徳川頼倫(よりみち)が東京麻布の自邸内に創設した文庫。旧紀州藩文庫の伝残存資料に新しく頼倫の集めたものを加え,その数約10万冊に及んだ。関東大震災後,東京大学に寄贈。
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世界大百科事典(旧版)内の南葵文庫の言及
【図書館】より
…また家康は林羅山に命じて駿府(すんぷ)城内に文庫をつくらせた(駿河文庫)。のちにこの蔵書は3分されて尾張の蓬左(ほうさ)文庫,水戸の彰考館文庫,紀州の南葵(なんき)文庫となる。なお家康は江戸城内にも,1602年(慶長7),富士見亭文庫なるものをつくらせているが,のち場所を移して[紅葉山(もみじやま)文庫]となった。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」