改訂新版 世界大百科事典 「原子炉材料」の意味・わかりやすい解説
原子炉材料 (げんしろざいりょう)
nuclear material
原子炉は多くの機械や構造物から構成されていて,そこで使用されている材料の種類も多いが,そのなかに原子炉特有の機能を果たす役割をもった材料があり,これを原子炉材料という。原子炉の炉心で核燃料物質を含み,その核分裂によって熱を発生するのが燃料体であり,この燃料体から熱を受け取り炉心の外へ運び出すのが冷却材である。炉心には核分裂を制御するために中性子吸収能の大きな制御材を挿入し,軽水炉など熱中性子炉では核分裂によりつくられた中性子のエネルギーを下げるために減速材がおかれる。また炉心の周りには発生した中性子をむだに逃がさないように反射体がおかれる。このほか炉心には,燃料体を支えたり,制御棒の出し入れなどの役割をもつ炉内の構造物がある。炉心は原子炉容器に入っており,そのほかに冷却水の通る配管,熱交換器などがある。以上のうち,炉心に関係する材料に共通な点は中性子の照射を受けることである。一般に材料は中性子の照射を受けると性質が変わるので,原子炉に使用するには,その変化が使用上さしつかえない程度であることが必要である。また,原子炉では中性子を効率よく使用する必要があるため,中性子の吸収能など核的な性質が重要となる。中性子との関係は材料中に含まれる不純物についても重要であって,そのために一般の用途では問題とならない不純物も問題となることがある。以下では,とくに特殊な核的な性質が要求される材料について述べる。
燃料体
核分裂によって熱を発生し,これを冷却材へ伝えるのが燃料体である。ウランなどの核燃料物質を直接に冷却材に触れさせると,核分裂で生じた放射性の核分裂主成物が冷却材に入って炉心から出てくることになるので,ふつう燃料物質は被覆する。この被覆に使われているのが被覆材であり,その中に収められる核分裂性の物質を含むものを燃料心材という。初期の動力炉や研究炉では心材として金属状のウランを使用しているが,軽水炉ではウランの酸化物UO2の焼結体を使用している。これは燃焼が進行して核分裂生成物が蓄積しても安定であり,また高温でも安定なので燃料の温度を上げることができ,被覆材と触れても問題がないし,もし被覆に穴があいて冷却材と接触してしまっても化学的に安定である。プルトニウムやトリウムも酸化物として使われる。高温ガス炉では炭化物を使用する例もある。
被覆材は,(1)中性子の吸収が少ないこと,(2)燃料心材や冷却材と接して使用しても互いに悪影響がないこと,(3)適度な強さと延性をもつこと,(4)成形加工が容易で安定な品質が得られること,などの要求を満たさなければならない。熱中性子の吸収は物質によって非常に異なり,これの小さいもので上記の要求をも満たすものとしては,黒鉛,アルミニウム,マグネシウム,ジルコニウムがあり,いずれも被覆材として使われている。黒鉛は被覆粒子燃料として高温ガス炉に使用されている。アルミニウムは耐熱性に乏しく,また高温の水に対する耐食性が良くないので,燃料の温度の低い研究炉などに使用されている。マグネシウムの合金であるマグノックスは,金属ウラン燃料の被覆材として炭酸ガス冷却炉に使用されている。軽水炉ではジルコニウムの合金であるジルカロイが,高温の水に対する耐食性も良く広く使われている。天然のジルコニウムにはハフニウムが含まれていて,これの中性子吸収がきわめて大きいので,これを分離除去したものを使用する。高速中性子の吸収は物質にあまりよらないので,液体金属冷却の高速炉では高温での性質の良いステンレス鋼が使用される。
→核燃料
減速材
ウランの核分裂の際に出てくる中性子は平均2MeVと大きいエネルギーをもっている。軽水炉など熱中性子炉は,おもに1eV以下のエネルギーの低い中性子による核分裂を利用している。そこで核分裂で発生した高速の中性子を燃料の周りにある減速材の原子核と何回も衝突させて中性子のエネルギーを低下させたあとでウランに衝突させて核分裂を生じさせる。減速材としては,中性子の吸収の少ないものでその原子核ができるだけ軽く中性子に近いほうが運動エネルギーを吸収しやすいために適する。よく使用されているものは軽水,重水,黒鉛である。軽水とは普通の水で,重水(水素の同位体の重水素2H(ジウテリウムD)と酸素からなる水)と区別するためにとくにそう呼んでいる。ただし原子炉内で使うためには不純物をきわめて少なくしている。軽水は冷却材としての役割も兼ね,安価であるが,中性子の吸収がやや大きいので燃料としては濃縮ウランが必要となる。減速材に使う重水は天然の水に含まれている重水を濃縮したもので,中性子の吸収も少なく減速の効率も良い優れた減速材であるが,高価である。重水に冷却材を兼ねさせることがある。黒鉛は重水に次いで中性子の吸収が少ない。炭酸ガス冷却炉や高温ガス炉に使用され,そのときは炉心構造材としての役割も兼ねている。
→減速材
冷却材
燃料心材に発生した熱は被覆材を通り,冷却材によって炉心の外へ運び出される。熱を利用しない初期の原子炉で炉心の過熱を防ぐのが役割であったので冷却材と呼ばれるが,動力炉では炉心の冷却と熱を利用するために取り出す役割をもっている。その機能からいって当然液体か気体でなければならない。熱を効率よく伝えるには液体が良い。軽水炉では減速材も兼ねて水が使われている。炉心の温度を高めるためには圧力を上げなければならず,温度約300℃で沸騰水型炉では約70気圧,加圧水型炉では約160気圧となり,圧力容器や冷却水系統の配管はこの圧力に耐えなければならない。気体のものとしては炭酸ガスも使用され,高温ガス炉ではヘリウムを使用し,高温のガスを利用する。液体金属冷却の高速炉ではナトリウムやナトリウムとカリウムの混合物が使用されている。これは運転温度では液体である。この場合には加圧することなく温度を上げることができて,軽水炉のような高圧に耐える圧力容器が不要である。
以上のおのおのの材料の選択に具合のよい組合せがあって,それによって原子炉の形式が決まってくる。いくつかの例を挙げると,熱中性子炉には天然ウラン酸化物ペレット-ジルカロイ被覆-重水冷却-重水減速のもの,天然ウラン(金属)-マグノックス被覆-黒鉛減速-炭酸ガス冷却のもの,濃縮ウラン酸化物ペレット-ジルカロイ被覆-軽水減速-軽水冷却のものがあり,高速炉にはウラン・プルトニウム混合酸化物ペレット-ステンレス鋼被覆-ナトリウム冷却のものがある。
→冷却材
制御材
ウランの核分裂1回当り約2個の中性子が発生する。この中性子の一部は炉心で燃料以外の物質に吸収されたり,または炉心の外へ出ていったりするが,他はウラン原子と衝突し,核分裂を生じさせる。そこで炉心に中性子の吸収の大きい物質を出し入れすれば核分裂を制御でき,原子炉の出力を制御できることになる。制御材の出し入れの方法としては,(1)制御棒,(2)液体吸収材,(3)可燃性毒物(バーナブルポイゾン)によるものがある。原子炉を一定期間運転するためには,燃焼して消費されること,核分裂生成物には中性子吸収の大きいものがあることを考えに入れて,燃料を余分に入れておかなければならない。そのために燃料が新しい間は中性子の吸収の大きい物質を炉心に入れて核分裂を抑える必要がある。制御棒は中性子吸収の大きいカドミウムCdを含むAg-In-Cd合金,ホウ素Bを含むB4Cなどをステンレス鋼のさやに入れて板状あるいは棒状として,炉心に挿入するものである。この挿入の程度を調節して原子炉の起動・停止あるいは出力の調節を行う。また,加圧水型炉では,冷却材中にホウ酸を入れ,その濃度を調節することによりホウ酸中のホウ素の中性子吸収を利用して制御をするケミカルミムと呼ばれる方法も使われている。可燃性毒物とは,ガドリニウムのように中性子吸収が大きく,しかも中性子を吸収すると中性子吸収の小さい物質へ変化していくものをいう(なお,原子炉でいう毒物とは,中性子を吸収し炉の反応を抑える物質をいう)。ガドリニウムの酸化物Gd2O3をUO2に混合して焼結したペレットをつくり,燃料棒として燃料集合体の中に入れて使用する。燃料が新しく核分裂性物質が余分にある間はガドリニウムが中性子を吸収し核分裂を抑えるが,燃焼が進んで核分裂性物質が減ってくるときにはガドリニウムは中性子吸収の小さいものへと変化する。
反射体
炉心の周りを中性子をはね返す物質で囲えば,炉心から漏れ出る中性子が減って中性子経済の上で有利である。軽水炉では冷却材としての水がその役割を兼ねている。材料試験炉ではベリリウムのブロックを並べて反射体としている。
執筆者:大久保 忠恒
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報