内科学 第10版 「原発性胆汁性肝硬変」の解説
原発性胆汁性肝硬変(肝・胆道の疾患)
原発性胆汁性肝硬変(PBC)は,病因・病態に自己免疫学的機序が想定される慢性進行性の胆汁うっ滞性肝疾患である.中高年女性に好発し,皮膚瘙痒感で初発することが多い.黄疸は出現後,消退することなく漸増することが多く,門脈圧亢進症状が高頻度に出現する.臨床上,症候性(symptomatic)PBC(sPBC)と無症候性(asymptomatic)PBC(aPBC)に分類される.aPBC は無症候のまま数年以上経過する場合がある.sPBCのうち2 mg/dL以上の高ビリルビン血症を呈するものをs2PBCとよび,それ未満をs1PBCとよぶ(厚生労働省難治性疾患克服研究事業「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班,2012).
疫学
厚生労働省調査研究班の全国調査によると,男女比は約1:7,診断時平均年齢は56歳で幼小児期での発症はみられない(図9-6-1).専門施設を対象とする本調査では,発生数は1980年の調査開始以来増加傾向にあったが,1990年代以降は横ばいで推移している.新たに診断される症例のうち約70%以上は無症候性PBCである.無症候性PBCを含めた患者総数は約5万~6万人と推計される(厚生労働省難治性疾患克服研究事業「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班,2012).
病因
本症は種々の免疫異常とともに自己抗体の1つである抗ミトコンドリア抗体(anti-mitochondrial antibody:AMA)が特異的(90%)かつ高率(90%)に陽性化し,また,慢性甲状腺炎,Sjögren症候群などの自己免疫性疾患や膠原病を合併しやすい.さらに,組織学的には障害胆管周囲に免疫機序の関与を示唆する高度の単核球浸潤がみられ,胆管上皮細胞層にも単核球細胞浸潤がみられる.免疫組織学的に浸潤細胞はT細胞優位であり,小葉間胆管上皮細胞表面にはHLAクラスⅡ抗原の異所性発現がみられることなどから,病態形成には自己免疫学機序が強く関与していると考えられる.
1)遺伝要因:
家族集積性のあること(患者同胞の発症危険率10.7)や一卵性双生児におけるconcordance rate(一致率)が0.63ときわめて高いことなどから,発症には遺伝的素因の強い関与が示唆される.主要組織適合抗原(MHC)クラスⅡ抗原HLA DR8(DRB1*08)が人種をこえて疾患感受性遺伝子として働いている可能性が想定され,ゲノムワイド関連解析研究(GWAS)により,DR以外の新たな疾患関連遺伝子多型の情報が集積されつつある(Nakamura ら, 2012).
2)環境要因:
ほかの多くの疾患同様,本疾患も多因子疾患であり,遺伝学的要因を基盤に環境要因が作用することよって発症し,病態形成がなされることが推定されている.PBC患者では反復性の尿路感染が多いことなどにより,大腸菌などの細菌が感染することによって,細菌の構成蛋白と分子相同性を示す自己抗原を認識するT細胞にトレランスの破綻が生じ,自己免疫反応が活性化して発症し,AMAの産生や組織障害をきたす機序が想定される(Shimoda ら, 1995).一方,工業地帯や汚染廃棄物処理施設の近郊で発症が多いとの疫学研究や,生体異物(xenobiotics)による修飾で動物実験モデルが作成されるなどの研究により,大気汚染や化学物質,化粧品などによる抗原の修飾がPBC発症のきっかけとなっている可能性が想定されている.
3)PBCに特徴的な自己抗体-抗ミトコンドリア抗体(AMA)と抗核抗体:
AMAの対応抗原として,ピルビン酸脱水素酵素E2コンポーネント(PDC-E2)をはじめとする多数のミトコンドリアを構成する蛋白が明らかになっている(表9-6-1).PDC-E2反応性CD4陽性T細胞がPBC患者の肝臓,所属リンパ節および末梢血で有意に増加していることが示され,本疾患の成立・維持に重要な役割を果たしていることが想定される.
PBCではAMAのほか,抗セントロメア抗体,抗核膜孔抗体(抗gp210抗体),抗multiple nuclear dot抗体(抗sp100抗体)など数種の抗核抗体も陽性化する.核膜孔の構成成分に対する抗gp210抗体は特異度ほぼ100%と疾患特異性が高く,PBC患者の約20~30%で陽性化する.本抗体は予後不良なPBC症例で陽性になる率が高く,PBCの臨床経過の予測因子として有用であることが示されている(厚生労働省難治性疾患克服研究事業「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班,2012).
臨床像
1)症状・身体所見:
本疾患にみられる症状は,①胆汁うっ滞に基づく症状,②肝障害・肝硬変および随伴する病態に伴う症状,③合併したほかの自己免疫疾患に伴う症状に分けて考えることができる.病初期は無症状であるが(無症候性PBC),黄疸を呈する以前から胆汁うっ滞に基づく瘙痒感が出現する.症候性PBCでは,特徴的には,瘙痒のために生じた掻き疵,脂質異常症に伴う眼瞼黄色腫が観察され,肝臓は腫大している.
2)臨床検査成績:
慢性の胆道系酵素(アルカリホスファターゼ,γ-GTP)の上昇,血清IgMの高値,AMAの出現が特徴的である.
3)合併症:
本疾患はほかの自己免疫性疾患・膠原病を合併しやすく,なかでもSjögren症候群,慢性甲状腺炎,関節リウマチの頻度が高い.門脈圧亢進症状を早期から呈しやすく,高齢で進行例では肝細胞癌の併発も考慮する必要がある.
4)臨床病期:
皮膚瘙痒感,黄疸,食道静脈瘤,腹水,肝性脳症など肝障害に基づく症候を伴う症候性PBC(sPBC)とこれらの症候を欠く無症候性PBC(aPBC)に分類される.症候性PBCはさらに,皮膚瘙痒感のみ認め黄疸を認めないs1PBCと,血清総ビリルビン値が2.0 mg/dL以上の黄疸を認めるs2PBCに細分される(厚生労働省難治性疾患克服研究事業「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班,2012).
肝組織像
1)PBCの病理所見:
自己免疫機序を反映する肝内胆管病変(慢性非化膿性破壊性胆管炎,chronic non-supprative destructive cholangitis:CNSDC)がPBC肝の基本病理所見であり,肉芽腫の形成も特徴的である(図9-6-2).肝門脈域小型胆管が選択的に進行性に破壊される.その結果,慢性に持続する肝内胆汁うっ滞が出現し,肝細胞障害,線維化,線維性隔壁が二次的に形成され肝硬変に進行する.
2)組織学的病期分類:
従来使用されてきた Scheuer 分類,Ludwig 分類による病期分類は,肝針生検標本ではサンプリングエラーの問題が常につきまとい限界があった.現在は,サンプリングエラーを最小限にするように工夫された中沼らによる新しい分類の使用が推奨されている.Ⅰ期(no progression),Ⅱ期(mild progression),Ⅲ期(moderate progression),Ⅳ期(advanced progression)の4期に分類される.
診断
診断は厚労省研究班の診断基準(表9-6-2)に則って行うが,①血液所見で慢性の胆汁うっ滞所見(ALP,γ-GTPの上昇),②AMA陽性所見(間接蛍光抗体法またはELISA法),③肝組織像で特徴的所見(CNSDC,肉芽腫,胆管消失)の3項目が重要である(厚生労働省難治性疾患克服研究事業「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班,2012).
1)肝組織像が得られる場合:
①組織学的にCNSDC を認め,検査所見がPBC として矛盾しないもの.②AMA が陽性で,組織学的にはCNSDC の所見を認めないが,PBC に矛盾しない(compatible)組織像を示すもの.
2)肝組織像が得られない場合:
③AMA が陽性で,しかも臨床像および経過からPBC と考えられるもの.
鑑別診断・除外診断
画像診断(超音波,CT)で閉塞性黄疸を完全に否定した上で,慢性の胆汁うっ滞性肝疾患および自己抗体を含む免疫異常を伴った疾患という観点から鑑別診断があげられる(表9-6-3).
1)PBC-AIHオーバーラップ症候群(PBC-AIH overlap syndrome):
PBCの特殊な病態として,肝炎の病態をあわせもちALTが高値を呈する本病態がある.副腎皮質ステロイドの投与によりALTの改善が期待できるため,PBCの亜型ではあるが,PBCの典型例とは区別して診断する必要がある.
2)AMA陰性PBC,自己免疫性胆管炎(AIC)
AMAは陰性であるがPBCに典型的な肝組織像を呈し,PBC症例の約10%を占める.これらのうち抗核抗体陽性を呈する病態に対しautoimmune cholangiopathyあるいは autoimmune cholangitis(AIC)などの名称が提唱された.副腎皮質ステロイドの投与が奏効する症例もあり,UDCAの効果がみられない場合には試みられる.
経過・予後
病名は「肝硬変」となっているが,現在は早期に診断することができるようになり,またUDCAの効果もみられることから,現在診断されている多く(70~80%)の患者は肝硬変には至っていない.
PBCの進展形式は大きく3型に分類される(表9-6-,図9-6-3).多くは長期間の無症候期を経て徐々に進行するが(緩徐進行型),黄疸を呈することなく食道静脈瘤が比較的早期に出現する症例(門脈圧亢進症型)と早期に黄疸を呈し肝不全に至る症例(黄疸肝不全型)がみられる.肝不全型は比較的若年の症例にみられる傾向がある.
黄疸期(s2PBC)になると進行性で予後不良である.5年生存率は,血清T.Bil値 が2.0 mg/dLでは60%,5.0 mg/dLで55%,8.0 mg/dLをこえると35%となる.PBCの生存予測に関する独立因子として,年齢,ビリルビン,アルブミン,プロトロンビン時間,浮腫・腹水の存在,AST/ALTがあげられる.近年,抗gp210抗体陽性であることが予後不良因子であるとの成績が得られている.死因は症候性PBCでは肝不全と食道静脈瘤の破裂による消化管出血が大半を占めるが,無症候性PBCの予後はおおむね一般集団と変わりはない(図9-6-4).
治療
根治的治療法は確立されていないが,ウルソデオキシコール酸 (ursodeoxycholic acid:UDCA)はPBC進展抑制効果を有し,現在第一選択薬である.予後の改善も期待でき,実際UDCAが投与される以前の時期と比較すると予後はかなり改善している.進行したPBCではUDCAで進展を止めることは難しく,肝硬変・肝不全に進行すれば肝移植が唯一の治療手段となる.血清総ビリルビン値が5.0 mg/dL以上になると肝移植を考慮し,肝移植専門医へ紹介することが望まれる.
1)薬物療法:
a)ウルソデオキシコール酸(UDCA):胆道系酵素の低下作用のみでなく,組織の改善,肝移植・死亡までの期間の延長効果が確認されている(厚生労働省難治性疾患克服研究事業「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班,2012).通常1日600 mgが投与されるが,効果が不十分の場合は900 mgに増量される. b)ベザフィブラート:UDCAの効果が乏しい症例でベザフィブラート(400 mg/日)が有効な症例もみられる(厚生労働省難治性疾患克服研究事業「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班,2012). UDCAとは作用機序が異なることから併用投与が望ましいとされる. c)プレドニゾロン:通常のPBCに対する投与は病態の改善には至らず,特に閉経後の中年女性においては骨粗鬆症を増強する副作用が表面に出てくるので,むしろ禁忌とされている.PBC-AIHオーバーラップ症候群で肝炎所見が明瞭である場合は,本剤の投与が推奨される(厚生労働省難治性疾患克服研究事業「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班,2012).
2)肝移植:
胆汁うっ滞性肝硬変へと進展した場合は,もはや内科的治療で病気の進展を抑えることができなくなるため,肝移植が唯一の救命法となる(厚生労働省難治性疾患克服研究事業「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班,2012).肝移植適応時期の決定は,Mayo(updated)モデルや日本肝移植適応研究会のモデルが用いられている. 移植後は免疫抑制薬を投与し,術後合併症,拒絶反応,再発,感染に留意し経過を追う.[石橋大海]
■文献
厚生労働省難治性疾患克服研究事業「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班:原発性胆汁性肝硬変(PBC)の診療ガイドライン(2012年),肝臓,53: 633-686, 2012.
Nakamura M, et al: Genome-wide association study identifies TNFSF15 and POU2AF1 as susceptibility loci for primary biliary cirrhosis in Japanese. Am J Hum Gen, 91: 721-728, 2012.
Shimoda S, Nakamura M, et al: HLA DRB4 0101-restricted immunodominant T cell autoepitope of pyruvate dehydrogenase complex in primary biliary cirrhosis: evidence of molecular mimicry in human autoimmune diseases. J Exp Med, 181: 1835-1845, 1995.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報