同位体比異常(読み)ドウイタイヒイジョウ

化学辞典 第2版 「同位体比異常」の解説

同位体比異常
ドウイタイヒイジョウ
isotope anomaly

元素同位体比が変動する原因としては,放射性同位体の崩壊,宇宙線との相互作用,物理化学過程や同位体交換平衡に伴った同位体効果による同位体分別などがあるが,これらの現象で説明のつかない同位体比の変動があるとき,同位体比異常があるという.1970年代はじめまで,希ガスを除外すれば,地球上の物質やいん石などに,同位体比異常がみられないので,太陽系はその誕生時に一度温度が上昇し,混合が進み,均質になったと考えられていた.ところが,1973年にシカゴ大学のR.N. Claytonらは,アイエンデいん石に含まれる酸素が同位体比異常を示すことを発見した.このことからかれらは,太陽系は形成時に不均質であったとする「太陽系不均質論」を発表した.この新説は,地球科学者や宇宙科学者に大きな衝撃を与えた.その後,いん石中の多くの元素について同位体比が正確に調べられ,酸素以外にマグネシウムカルシウム,ネオジウム,サマリウムなどで同位体比異常が見つかった.1983年になって,M.H. ThiemensとJ.E. HeidenreichⅢは,放電によって酸素分子からオゾンを生成させたところ,17O と 18O がオゾンと等しい濃縮度で濃縮し,同位体比異常を示していることを発見した.その後,いろいろな化学反応系で同位体比異常が見つかった.たとえば,イオン交換法や溶媒抽出法という化学的方法によるウラン亜鉛,バリウムなどの同位体分離実験において,同位体比異常が見いだされた.量子統計力学にもとづいて導出された,熱力学的同位体効果に関するJ. Bigeleisenらの近似式によれば,熱力学的同位体効果が原因で同位体分別が起これば,その分別は同位体の質量数の差にほぼ比例して起こる.したがって,たとえば天然の酸素は 16O,17O,18O の三つの安定同位体からなるが,熱力学的同位体効果で分別が起こり 18O/16O 比が1% 変動すれば,17O/16O の比は0.5% 変動することになる.このことは1970年代から1980年代まで,熱力学的同位体効果の本質と考えられていた.したがって,上述のClaytonらは,熱力学的同位体効果による同位体分別は同位体の質量数の差にほぼ比例して起こるということを前提にして,実験データを解析した結果,「太陽系不均質論」を発表するに至った.また,1980年代までのほかの多くの研究者による,同位体比異常に関する理論および実験的研究も,この前提の下に行われた.しかし,1990年代になって,熱力学的同位体効果の理論的研究に大きな進歩がみられた.すなわち,水素,酸素など原子番号の小さな元素の熱力学的同位体効果による同位体分別は,Bigeleisenらの近似式ではなく,精度を高めたより厳密な理論式によれば,同位体の質量数の差に比例しないこともある.すなわち,これまで同位体比異常と思われていた現象が,理論的にも条件がそろえば起こることが見いだされた.たとえば,酸素の同位体分別が起こったとき,分別の条件によっては,18O/16O 比と 17O/16O 比が同じパーセントで変動する場合や,18O/16O 比が 17O/16O 比より小さいパーセントで変動する場合があることが理論的に見いだされた.また,ウランなど原子番号の大きな元素の同位体に現れる同位体比異常のうちのあるものは,原子核の大きさと形が同位体によって違うため,そのまわりの電子の状態がそれぞれの同位体によって違ってくることを考慮に入れた,新しい熱力学的同位体効果の理論で説明できることがBigeleisenによって見いだされた.現在,この新しい理論を発展させるための研究が進んでいる.

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

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