翻訳|radioisotope
ラジオアイソトープ(略称RI),放射性同位元素ともいう。原子番号が同じで質量数の異なる元素を同位体(同位元素)という。原子核は陽子と中性子からなり,陽子の数が原子番号を,陽子と中性子の数の和が質量数を表すので,同位体の間では原子核を構成する中性子の数のみが異なり,化学的性質は同じである。同位体が存在するため,原子核の性質を原子番号と質量数によって規定する必要があり,この両者によって規定される原子核を核種といい,質量数を左肩に付して60Coや90Srのように表す。
同位体の中には原子核が不安定で,自発的に放射線の形で余分なエネルギーを放出して他の核種に変換するものがある。このような過程を放射性崩壊(または放射性壊変)といい,放射性崩壊する同位体を放射性同位体という。他方,原子核が安定に存在し,放射性崩壊を起こさない同位体を安定同位体という。例えば,水素原子には1Hのほかに2Hと3Hの同位体があり,それぞれジュウテリウム(重水素),トリチウム(三重水素)と呼ばれるが,前者は安定同位体であり,後者は放射性同位体である。
放射性崩壊の形式には原子核よりα線を放出するα崩壊,β線を放出するβ崩壊,原子核が核外の軌道電子を1個取り込む軌道電子捕獲の3種類がある。いずれの場合も,崩壊によって生成した励起状態にある原子核はγ線を放出して基底状態に戻るので,γ線の放出を伴う場合が多い。β崩壊には負の電荷をもった電子を放出する場合と,正の電荷をもった陽電子を放出する場合があり,それぞれβ⁻崩壊,β⁺崩壊と呼ぶ。軌道電子捕獲をβ崩壊に加える場合もある。
ある放射性同位体の,ある核種が単位時間に崩壊する確率は,その核種固有の定数であり,崩壊定数または壊変定数と呼ばれる。いまN個の放射性同位体が存在するとき,単位時間当りの崩壊の数(例えばdps(disintegration per second))はNに比例し,その比例定数が崩壊定数に等しい。N個の核が崩壊によって1/2Nに減少するまでに要する時間を半減期と呼び,放射性同位体固有の定数である。放射能の強さによって放射性物質の量を表す単位にキュリーCiがある。1Ciは1秒当りの崩壊数が3.700×1010dpsに相当する放射性元素の量またはその放射能の強さと定義されている。国際単位(SI単位)系ではキュリーの代りにベクレルBqが使われる。1Bqは毎秒1個の崩壊を起こす放射性元素の量またはその放射能の強さであり,1Ciは3.700×1010Bqに等しい。
今日多数の放射性同位体が知られているが,これは,(1)半減期が非常に長いために古くから天然に存在している放射性同位体と,その崩壊によって生ずる核種,(2)自然界で起こる原子核反応によって作り出される放射性同位体,(3)人間が人工的に原子核反応をひき起こして作り出した人工放射性同位体,に大別することができる。
古くから天然に存在する放射性同位体の中でよく知られているのは,半減期が4.5×109年,7.1×108年,1.4×1010年ときわめて長い238U,235U,232Thを親元素とし,その崩壊生成物がさらに次々と崩壊して最終的には原子番号82のPbの同位体に至る過程で生ずる一連の放射性核種である。これらは放射性崩壊系列を構成しており,それぞれウラン系列,トリウム系列,アクチニウム系列と名づけられている。崩壊によって生ずる核種の質量数は4少ないか(α崩壊),変化なし(β崩壊,その他)であるため,これらの系列を構成する元素の質量数は,それぞれ4n+2,4n,4n+3と表すことができるところから,4n+2系列,4n系列,4n+3系列と呼ぶこともある。4n+1系列は天然には存在せず,人工的に作り出されており,ネプツニウム系列と呼ばれる。このほか,崩壊系列を構成しない,天然の放射性同位体がある。例えば40K(半減期1.2×109年),115In(5×1014年),144Nd(2.4×1015年)などで,いずれもきわめて半減期の長いものばかりである。
宇宙線によってひき起こされる原子核反応によって,地球上およびその周辺に生成されている放射性同位体もある。例えば3Hは14Nに宇宙線の中の中性子(n)が当たって12Cに変わる(n,t)反応に伴って生成されるし,14Cは同様に中性子が14Nに当たって,陽子(p)を出す(n,p)反応によって生成する。大気中に存在する14Cはこの反応により安定核種12Cに対し一定濃度に保たれており,生物体はこれを14CO2として一定量取り込んでいる。このことを利用して年代測定(炭素14法)が行われる。
最近では上記のほかに,自然界に広く分布しているある種の人工放射性同位体がある。これは地上における核実験によって生成した多数の核分裂生成物が対流圏や成層圏に吹き上げられ,世界各地にばらまかれたためである。137Cs,90Srなど核分裂の収量が多く,半減期の長い放射性同位体が多い。今なお上空より徐々に落下しているものもあり,放射性降下物(フォールアウト)と呼ばれている。
1934年ジョリオ・キュリー夫妻が27Al,24Mg,10Bにα粒子を当て,初めて放射性同位体として,30P,127Si,13Nなどの生成に成功して以来,数多くの人工放射性同位体が作られている。
人工放射性同位体の製造に使用される核反応は種々あり,照射する放射線も中性子,陽子,重陽子(d),α粒子,その他の重イオン,電子,γ線など数多い。よく利用される核反応の例を以下に示す。
7Li+p─→7Be+n
23Na+d─→24Na+p
27Al+α─→30P+n
63Cu+n─→64Cu+γ
上記と異なった放射性同位体の生成反応に,すでに述べた核分裂がある。これはUやPuなど核分裂可能な原子に中性子を照射すると多数の核分裂生成物を生成する反応である。例えば235Uに遅い中性子(熱中性子)を照射すると,質量数90~100,135~145近傍に収率のピークをもった多数の核種に分裂する。この核反応に伴って放出される核エネルギーを安全に取り出して利用するのが原子炉であり,原子力発電所では使用済核燃料として多量の放射性同位体が発生する。核燃料被覆管中に閉じ込められているこれらの核種を,核燃料として利用可能なPuや残存Uと分離する過程が核燃料再処理であり,最終的に分離された放射性同位体は,放射性廃棄物として安全な形で管理・処分される。
放射性同位体の製造は,上記のような核反応を利用して,ターゲットとなる元素にサイクロトロンやシンクロトロン,ベータトロンなど各種の加速器で加速された荷電粒子や原子炉の中性子を照射して行われる。製造に用いられるターゲット物質が微量の不純物を含む場合があり,また目的とする核反応以外の反応が起こることもあるので,残存するターゲット元素や不純物から,目的とする放射性同位体を分離・精製することが必要となる場合が多い。一般に分離・精製法としては,沈殿法,溶媒抽出法,イオン交換法など,原理的には通常の分離技術と同じ手法が用いられているが,目的とする物質や不純物がきわめて微量であることや,半減期との関係で短時間のうちに処理することが要求されるなどの困難さを含んでいる。
放射性同位体は,その放出する放射線の透過力が大きく,微量でも検出が容易であること,化学・生物作用など特殊な効果をもつなどの特徴を有することを利用して,工業や農業,理工学や医学などきわめて広い分野で利用されている。おもな利用の形態は放射線源としての利用と,トレーサーとしての利用に分類することができる。線源としての利用は放射線の透過や反射,散乱を利用する場合と,その誘起する化学反応や生物学的効果を利用する場合がある。
前者の例として,60Coのγ線や,90Sr,85Krのβ線を利用して物体の厚みや密度を測定したり,液体のレベルをモニタリングしたりする手法が厚さ計,液面計などとして工業の分野で広く使用されている。また金属の溶接部や構造物のγ線透過撮影図を撮り,欠陥部を知るラジオグラフィーなどの手法もこれに属する。
現在60Coは大規模なγ線源として,放射線化学反応を利用したプロセスやその研究開発,また放射線の殺菌効果を用いた医療用具の滅菌プロセスや食品照射などに広く利用されている。放射線医学におけるγ線照射による治療,農学における放射線育種などと併せて,これらはいずれも化学・生物作用を利用する例である。
放射性同位体はトレーサーとしても広範囲に利用されている。トレーサーとは,ある現象や過程において,対象とする物質の挙動を追跡するのが目的で加える物質をいうが,対象物質とまったく同じ挙動をすることが要求される。通常,対象とする元素の放射性同位体を使用するが,物理的な過程を追跡する物理トレーサーでは,必ずしも同位体を必要とせず,他の放射性核種が使用される場合もある。トレーサー利用の具体例として,理工学の分野における河川や工場内装置の流量の測定,漂砂や河泥の移動の追跡,摩耗量の測定,化学反応機構の解明や反応速度の追跡など,農学や生化学の分野で生体内の物質移動や代謝経路の追跡,医学における各種器官機能の検査や人体の特定の部位に集中するγ線あるいは陽電子を放出する放射性同位体を利用したコンピュータートモグラフィー(CT)などをあげることができる。
執筆者:石榑 顕吉
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
略称RI.ラジオアイソトープともいう.同位体のうちで放射性崩壊をするもの.すべての元素について放射性同位体が人工的につくられており,安定同位体と化学的性質が同じであることを利用して,理学,工学,農学の各分野でトレーサー(追跡子)として利用されている.また,放射能を利用して,医療,診断にも使われる.放射線の工業的利用および放射線化学の研究には,大量の放射性同位体(ことにコバルト60)が放射線源として用いられている.Tc,Pm,そのほか,多くのアクチノイド元素のように,天然に安定同位体が存在しない元素は,放射性同位体が発見されてはじめてその元素の性質が明らかになった.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…放射性同位体(ラジオアイソトープ,RIと略称)を用いて,病気の診断,治療,および疾病の研究を行う医学の一分野。RIの取扱いについて日本では,諸外国に比べ厳しい法的規制がなされているが,1970年代以降のコンピューター技術,放射線計測技術の急速な進歩に伴い核医学の分野も飛躍的な発展を遂げている。…
… 同位体は1906年アメリカのボルトウッドB.B.Boltwoodによって,当時イオニウムIoと呼ばれていたウラン系列に属する放射性元素がトリウム232Thと同じ化学的性質を示すことからその同位体230Thであることを発見されたのが初めである。同位体のうち不安定で放射能をもち,崩壊するものを放射性同位体,安定で崩壊しないものを安定同位体あるいは非放射性同位体といっている。放射性同位体には,天然に存在する天然放射性同位体と人工的につくられた人工放射性同位体がある。…
※「放射性同位体」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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