一つの国家の構成員(国民もしくは民族)に特徴的にみいだされる、持続的な性格特性または独自な生活様式をいう。民族性、民族的性格とよばれることもある。行動の型から推測された、それぞれの国民(民族)に固有な心理的特徴をさしている。
[濱口恵俊]
一般に、アメリカ人は自由独立の精神に富み、ロシア人は万事にわたって大まかでのっそりしており、イギリス人は法や規則に忠実でフェアプレーを好み、中国人は祖先崇拝と面子(メンツ)を重んずる。そして日本人は、いつも集団になって行動し、皆の前で恥をかくことを恐れる。フランス人が芸術好きなのに対して、ドイツ人は論理一点張りだし、オランダ人は締まり屋だ、ラテン系の民族は陽気で情熱的だ、などと評される。
しかしこのような記述は、各民族の性格を印象批評的に語っているだけであり、かならずしもそこに科学的な根拠があるわけではない。国民性を科学的に説明するためには、それぞれの国民がどのような文化のなかで生まれ育ったのか、そしてまた、その文化の特徴を反映した形で、いかなる性格が共通に形成されているか、といった点がはっきりつかめていなくてはならない。こうした点を研究する分野は心理人類学psychological anthropologyとよばれている。
もともと心理人類学は、文化とその成員のパーソナリティーとの相互規定関係を明らかにする学問であるが、この立場から国民性の問題に最初に接近したのは、ベネディクト、マーガレット・ミード、ゴーラーGeoffrey Gorer(1905―85)などのアメリカの文化人類学者であった。もっとも、それは、第二次世界大戦中に、敵国、同盟国、自国の民族的性格をよく知り、戦争遂行を側面から援助しようとする試みとして始まった。ベネディクトの『菊と刀』(1946)はその代表的な成果であった。
[濱口恵俊]
ベネディクトによれば、日本人は矛盾した行動傾向をあわせもっていて、その性格を記述するためには、「しかし、また」を連発しなくてはならないという。日本人は保守的であるとともに新しい生活様式を喜んで受け入れ、傲慢(ごうまん)であると同時に礼儀正しい。『菊と刀』という題名が象徴するように、日本人は、丹精をこめて菊づくりに励むとともに、人を殺す武器である刀をも尊重してきた。そこには審美性と尚武の精神とが共存しているという。
だがベネディクトは、菊も刀もともに一幅の絵の部分にすぎないとみなしている。相矛盾するかに思われる性格特性も、日本人が状況に応じて柔軟にふるまうからであって、それを許容する一つの文化の型があるとする。彼女は、その型を、欧米の「罪の文化」guilt cultureと対照させて、「恥の文化」shame cultureとよんだ。「罪の文化」では、内面化された罪の意識(良心)をよりどころにして善行がなされ、「恥の文化」においては、人前で失態を演じないようにすることに注意が向けられる。そこでは、「善行に関して外面的な制裁にたよる」ことになり、人の噂(うわさ)や評判の種になったり、笑い物にされることを極力避けようとする傾向が強い。その場合、行動の基準が当人の外側に設定されている。だからこそ日本人には、置かれた状況ごとに、それにうまく対応しようとして、相矛盾する多面的な行動が生まれるのだとする。しかし、行動の基準が外在しているという理由だけで、日本人に自律性が欠けていると考えることは正しくない。
こうした戦時の国民性研究は、1930年代に盛んだった精神分析学的なパーソナリティー形成論に影響された。たとえば、日本人の強迫神経症的性格が幼少期の厳しい排泄(はいせつ)訓練に由来するというゴーラーの仮説は、幼少期の体験によって「基本的パーソナリティー構造」basic personality structureが決まるとするカーディナーAbram Kardiner(1891―1981)の説によっている。その後ミードは、「国民性」にかえて「文化的性格構造」cultural character structureという新概念を提起した。
[濱口恵俊]
『祖父江孝男・我妻洋著『世界の国民性』(1959・講談社)』▽『ルース・ベネディクト著、長谷川松治訳『菊と刀』(社会思想社・現代教養文庫)』
ある国家の大多数の成員に,比較的長期にわたって保持されているパーソナリティおよび行動様式の特性をいう。国民性についての関心は国民国家の成立にともなう国民のアイデンティティ形成の必要から生じてきたと思われる。国民性の研究が社会科学,とりわけ文化人類学の一問題領域として定着したのは1940年代以後のことである。この背景には,第2次大戦中の政策決定に際して,敵国,同盟国さらには自国の国民の行動を科学的に理解し,予測する必要が,とりわけアメリカ政府によって注目され,その方法の一つとして文化人類学が取り入れられたことがある。この結果,日本,ドイツ,イギリス,ソ連,そしてアメリカなど各国の国民性の研究が進められた。R.ベネディクトの日本研究《菊と刀》(1946)はその最も有名なものの一つである。
国民性の研究の結果,西欧の非西欧社会に対する世界観が明らかに変わった。非西欧社会の現実をみていくことによって,従来の想像をはるかに超えて多様な社会があることを認識し,西欧人の普遍的な人間性の心理的・社会的・政治的属性に対する根本的な訂正がなされたのである。国際比較研究の方法として,フロイトの精神分析学の理論〈文化とパーソナリティ論culture-and-personality studies〉の文化人類学への導入が行われた。個人は自分が育ち生活している文化を具体化しており,それら個人の集団によって新たなる文化がつくられる,という観点の国民性研究への導入である。集団に共通のパーソナリティや性格の分類方法には,(1)乳幼児期の育児様式や家族関係の共通性によって,社会の支配的制度に見合った形で,個々人の性格が形成されるという〈基本的パーソナリティ〉(カーディナーA.Kardiner),(2)多様にある行動様式の中から分布頻度が大きいものを表出することによってその性格を基礎づけようとする〈最頻度パーソナリティ〉(リントンR.Linton),の二つがある。〈基本的パーソナリティ〉は社会構造とパーソナリティの変化とは相関関係にあることを示している。すなわち,社会の制度あるいは経済構造などもろもろの変化は子どもの性格を変え,大人(家族)のあり方をも変化させる。国民性は不変のものではなく変化するものである。また,〈最頻度パーソナリティ〉は国民性に内在している多様性を削り落とすことによって過度に単純化し,イメージを創出しやすい。
国民性は普遍的に人間的な要因と各人に個別的な要因との中間に位置し,その状況に応じて変化するものである。個別的要因とは性別,世代,階層,学歴,職業,宗教,人種などを指し,これらを超越し,共通して存在する特性として国民性がとらえられる。ベネディクトは〈日本文化の型〉を考えるにあたって,分に応じて処する階層制に注目し,日本人の行動・思考を分析した。そして日本人の社会結合の原理としての人情と義理を認め,西欧的な絶対的道徳規準と罪悪感を基調とした文化に対して,道徳的絶対規準をもたずに恥辱をなによりも恐れるという日本文化の特性をみた。本書は日本の占領政策に大きな影響を与えただけではなく,この〈文化とパーソナリティ論〉は日本の,とくに人類学,社会科学の研究方法にも刺激を与えた。また,文部省統計数理研究所が1953年以来5年ごとに行っている〈日本人の国民性〉の時系列による世論調査は,義理・人情などの醇風美俗や受容的自然観,美意識の根強い持続と,私生活優先の価値観の顕在化という,国民性の連続と変容の実態を明らかにしつつある。
執筆者:児島 和人
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