国民戦線(読み)こくみんせんせん(英語表記)Front National フランス語

精選版 日本国語大辞典 「国民戦線」の意味・読み・例文・類語

こくみん‐せんせん【国民戦線】

(広く国民を結集した統一組織の意)
[一] スペイン内乱一九三六‐三九)で、フランコの率いる反乱軍をいう。
[二] 第二次大戦後のチェコスロバキアで、労働者・農民・知識人の同盟組織。連邦議会の会議席を独占していた。
[三] イランの民族主義者モサデクらが結成した政治組織。
[四] ジャン=マリー=ルペン党首とするフランスの極右政党。外国人労働者の排斥など欧州中心主義を唱え、一九八〇年代より台頭してきた。
[五] 一九三五年、フランスで結成されたファシスト系の政治団体の統一組織。左翼系の人民戦線に対抗する。

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デジタル大辞泉 「国民戦線」の意味・読み・例文・類語

こくみん‐せんせん【国民戦線】

《〈フランス〉Front national
1935年、フランスで人民戦線に対して組織されたファシスト諸団体の共同戦線。国家戦線。
極右活動家ジャン=マリー=ルペンが中心となって1972年に結成したフランスの政党。移民排斥などを主張国会欧州議会議員輩出。2017年大統領選ではジャン=マリーの娘マリーヌが決選投票まで勝ち進んだ。2018年、国民連合に党名変更。FN。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「国民戦線」の意味・わかりやすい解説

国民戦線
こくみんせんせん
Front National フランス語

1972年に結成されたフランスの政党。略称はFN。戦後フランスの代表的な極右政党であったが、2000年代になってから、右派ポピュリスト政党の一つに数えられるようになった。党員は2016年時点で8万人以上とされる。

吉田 徹 2018年7月20日]

ジャン・マリ・ルペン時代

国民戦線は、1972年に「フランス統一のための国民戦線」という名称のもと、新右翼の団体「新秩序Ordre Nouveau」の政治部門として発足した。「新秩序」は、1960年代に生まれたフランス国粋主義や反共主義を掲げる団体で、当時の新左翼の学生運動に反発する形で規模を大きくしていった。国民戦線は1973年の下院選挙を視野に入れて、1950年代後半に下院議員として実績のあったジャン・マリ・ルペンJean-Marie Le Pen(1928― )を代表にたててスタートを切ることになった。イタリアのネオファシスト政党MSI(Moviemento Sociale Italiano、イタリア社会運動)をモデルとして、植民地主義者、ペタン(対独協力政権)派、反共主義者、プジャード派、王党派など雑多な右翼勢力の統合が目ざされた。

 もっとも1970年代は、ルペンの大統領選や下院選などの得票率はきわめて低調に終わり、1981年の大統領選でも、ルペンは出馬に必要な推薦人数を集めることができなかった。しかし、社共連立政権の経済政策の失敗や移民問題の顕在化などから地方選挙で存在感を増していき、1984年のヨーロッパ議会(欧州議会)選挙で初めて議席を得ることになった。続く1986年の下院選では、右派分裂をねらって選挙制度が比例制へと変更されたこともあり、国民戦線は35議席を得るまでになった。同党が移民を治安や失業問題と結びつけたことで、レイシズム(人種主義)の象徴として厳しい視線を浴びるようになったのも、この時代のことである。また、経済政策においては時代を反映して、規制緩和や市場原理を重視する新自由主義路線を掲げていた。

 さらに冷戦が終結して、それまでの反共主義が訴求力をもたなくなり、他方で1992年のマーストリヒト条約締結のようにヨーロッパ統合が進むと、国民戦線は反グローバル化やフランスの主権維持を訴え、それまで好意的であったヨーロッパ連合(EU)にも批判的な立場をとるようになる。おりしも保革政党にまたがる汚職や景気後退もあって、既成政党に対する批判票の受け皿となっていき、1990年代なかばには労働者層の得票率で第一党となる。こうした党勢拡大のなか、内紛にみまわれ、1999年には反EU・反グローバル路線を敷いたメグレBruno Mégret(1949― )派が分党し、極右勢力は二分されることになった。

 しかし2002年大統領選では、候補者が乱立して左派票が分散したことでルペンが相対的に有利になり、決選投票に進むという大番狂わせが生ずる。ただし、このことでむしろルペン包囲網が強まり、2007年の大統領選の前後からUMP(Union pour un Mouvement Populaire、国民運動連合)を率いるサルコジが党を右傾化させたこともあって、国民戦線はふたたび低空飛行を余儀なくされた。

[吉田 徹 2018年7月20日]

マリーヌ・ルペン時代

その傾向が反転するのは2011年にルペンの三女、マリーヌ・ルペンが党首になってからのことである。彼女は国民戦線からファシズムや人種差別的要素を排除し、かわりに反イスラムや反グローバル化を掲げ、2012年の大統領選では保革候補に次ぐ第三極の座を占めた。2010年代になってからは経済危機やテロ、さらに難民の流入などもあり、国民戦線の経済的、社会的な反グローバル路線は一般有権者からの支持を集めるようになった。2017年の大統領選ではマリーヌ・ルペンが決選投票に進出、続く下院選では8名もの議員を輩出するまでになった。

 とはいえ、選挙結果が期待されたほどよくなく、会派登録に必要な15議席に届かなかったことに加え、路線対立もあって、国民戦線は再度内紛を経験している。国民戦線には既成政党批判の受け皿となることをねらうニッチ政党としての性格と、ナショナリズムを核とするイデオロギー政党という二つの性格があり、今後もその間で揺れ続けることになるであろう。

[吉田 徹 2018年7月20日]

『畑山敏夫著『現代フランスの新しい右翼』(2007・法律文化社)』

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