日本大百科全書(ニッポニカ) 「てんぷら」の意味・わかりやすい解説
てんぷら
てんぷら / 天麩羅
魚貝類、野菜類の材料に水溶き小麦粉の衣をつけ、植物油で揚げたもの。野菜類の衣揚げは揚げ物、精進揚げといって区別する人もある。これとは別に、江戸末期、京坂でははんぺんの油揚げを「てんぷら」といい、いまでも関西では薩摩(さつま)揚げのことを「てんぷら」とよんでいる所もある。
[多田鉄之助]
歴史
てんぷらの語源については諸説あるが定説はなく、外来語から転じたという説が強い。調理する意のテンペーロtempero(ポルトガル語)から転じたとする説、獣鳥肉を用いない精進料理であるから、寺院すなわちテンプロtemplo(ポルトガル語・スペイン語)の料理が転じててんぷらになったという説などがある。16世紀中ごろに外来船によって紹介されたのなら、てんぷらそのものと名称がもうすこし一般化してもよいと考えられるが、江戸後期までてんぷらは広くは知られていなかったとみてよい。関西では古くからつけ揚げというものはあった。江戸後期の戯作者(げさくしゃ)山東京伝(さんとうきょうでん)の弟、岩瀬京山は、その著『蜘蛛(くも)の糸巻』のなかで「てんぷらのはじまり」と題して、てんぷらの名称は天明(てんめい)(1781~89)初年、実兄京伝の創作によると書いている。大坂から駆け落ちしてきた利介という男が魚のつけ揚げを商売にしたいというので、京伝は、天竺(てんじく)浪人(浮浪人)がふらりと江戸へきて始めるのだから「天麩羅」と名づけようといい、夜店を出すとき、京山をよび、行灯(あんどん)にこの字を書かせたという。しかし、近松門左衛門は、『国性爺合戦(こくせんやかっせん)』(1715初演)のなかで、すでにてんぷらということばを用いている。日本料理の四条流9代目家元、石井泰次郎は、さらに古く貞享(じょうきょう)2年(1685)版『料理献立集』のなかで、5代将軍徳川綱吉(つなよし)(在職1680~1709)が朝鮮通信使を招いたときの宴席料理のなかにテンプラリという料理名があったことを指摘し、これがてんぷらの語源であるといっている。
いずれにしても、てんぷらの名称とてんぷらそのものが一般に知られ、業者ができたのは江戸後期である。てんぷらが普及すると、金麩羅(きんぷら)なる新語も登場した。江戸末期の『江戸名物狂詩選』に、衣にそば粉を加え、椿(つばき)油で揚げるのが金麩羅とある。のちには衣に卵黄を多く用いたものをいい、これに対して卵白を用いた銀ぷらもできた。江戸時代以降、江戸で発達したてんぷらは、明治以降も東京名物としてますます盛んになり、全国的に広まっていった。江戸前の海が東京湾と名を変えても、ここでとれる魚貝類はてんぷらに好適であったのである。羽田のアナゴ、湾内のエビ、ハゼ、ギンポ、メゴチなどはとくに有名だった。当時の東京のてんぷらは、衣を厚くしてごま油を用いて高温で揚げるので、表面がすこし焦げるぐらいに揚げるのを特徴とした。関西では薄衣をつけ、サラダ油などで淡泊に揚げたが、現在ではこの関西式の揚げ方が一般化している。
[多田鉄之助]
材料
魚貝類ではエビ、キス、ハゼ、メゴチ、イカ、貝柱、アナゴ、小アユ、ワカサギなどを用いる。ヒラメ、タイなどの白身魚を用いることもあるが、一般には大形の魚や赤身の魚は用いない。野菜ではサツマイモ、ミツバ、シイタケ、ゴボウ、蓮根(れんこん)、ニンジン、ナス、シソの葉と穂など、ほとんどの野菜を用いるが、ダイコンや水分の多いものは不向きである。
揚げ油は精製された植物油がよく、ごま油、サラダ油、菜種(なたね)油、大豆油、椿(つばき)油などを用いる。これらの2、3種類を配合して用いる場合もある。カヤの油を加えると独特の味が出るとして、これを用いる店もある。
[多田鉄之助]
揚げ方
鍋(なべ)はできるだけ底の厚い鉄鍋がよい。底の薄い鍋のときは、網しゃくしで揚げかすをこまめにすくい取りながら揚げる。油の温度は170~180℃、衣を鍋の中にすこし落としたとき、半分ぐらい沈んですぐ浮き上がってくる程度が適温。材料は一つずつゆっくり入れる。一度に多く入れると油の温度が下がって、味よくからりと揚がらない。鍋の表面積からみて、揚げる材料が半分くらいを占めるのがよい。衣は、卵1個を溶いて冷水2カップを混ぜ、ふるった小麦粉(薄力粉)2カップを加えてさっと混ぜる。衣をかき混ぜすぎると、小麦粉のグルテンが出て粘り、粘ると衣がはがれやすくなる。揚げ油は使用後すぐにかすを除き、容器に戻しておくと油のいたみが少ない。
[多田鉄之助]
てんつゆと薬味
てんつゆは、みりん1、しょうゆ1、だし汁1の割合で混ぜ合わせて、さっと煮立てたものが基本である。薬味にはおろし大根とおろししょうがを添えるのが定式である。てんつゆのほかに、レモン汁と塩、挽茶(ひきちゃ)と塩などを用いることもある。
[多田鉄之助]
変わり揚げ
衣にくふうを加えるなどして、変化をもたせたてんぷらもいろいろある。泡雪揚げは衣に卵白を多く加えて揚げる。あわ雪とはすぐ融(と)ける雪の意であるが、料理では、泡の字を使うようになってから、卵白を泡立てたものの意にしている。泡雪揚げは銀ぷらともいう。これに対して黄金(こがね)衣は衣に卵黄を多く使ったもので、今日では金ぷらともよんでいる。磯辺(いそべ)揚げは海苔(のり)をつけて揚げたもの、道明寺(どうみょうじ)揚げは糯米(もちごめ)を蒸して乾燥し砕いたものを衣にして揚げたものである。南禅寺揚げは、豆腐の水けをきり、細かくして、小麦粉、卵黄、酒、塩、だし汁を加えて衣をつくり、魚貝類や野菜などを揚げたもの。かき揚げは、濃いめの衣の中に小エビ、貝柱、イカなどの刻んだものを加え、かき混ぜて揚げたものをいう。
[多田鉄之助]