土岐氏の乱(読み)ときうじのらん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

土岐氏の乱
ときうじのらん

元中7=明徳1 (1390) 年,将軍足利義満によって土岐康行が滅ぼされた事件。室町幕府創業の元老として勢力のあった土岐頼康が,元中4=嘉慶1 (87) 年 70歳で死んだ。この機を利用して土岐氏打倒を企てた義満は,頼康所帯の守護職3ヵ国のうち,惣領を継いだ頼康養子康行には美濃,伊勢の継承を許し,尾張を康行の弟満貞に与え,康行を挑発した。康行の代官として京都にいた満貞が,翌年尾張に下ると,康行の従弟で娘婿の詮直が満貞を迎え討ち,詮直を康行が助けたため,これより美濃,尾張で内乱が続いた。元中6=康応1 (89) 年4月義満は康行討伐の兵を送り,翌年康行を破り没落させた。『明徳記』によると,満貞は兄に代って土岐氏の惣領になろうとの野心をもっていたという。これを義満が巧みに利用した事件といえよう。

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世界大百科事典 第2版の解説

ときしのらん【土岐氏の乱】

1389‐90年(元中6∥康応1‐元中7∥明徳1)将軍足利義満が土岐氏の内紛に介入して土岐氏の勢力を削減させた乱。美濃の乱ともいう。明徳の乱(1391),応永の乱(1399)などと同じく,将軍専制権力の確立を目ざした足利氏による大守護抑圧策の一つである。土岐氏は美濃国土岐郡土岐郷を本貫とする清和源氏の一流。頼貞が足利尊氏に従って以来,足利方として南北朝内乱に戦功があり,孫頼康は美濃のほか尾張・伊勢の守護職も兼ねた。

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