地球生態系(読み)ちきゅうせいたいけい(英語表記)geoecosystem

日本大百科全書(ニッポニカ) 「地球生態系」の意味・わかりやすい解説

地球生態系
ちきゅうせいたいけい
geoecosystem

地球上の生物集団と周りの非生物的環境(無機的環境)のかかわりを、機能的な物質系としてとらえるものである。生物には1個体だけの孤独の生活はなく、周囲の生物集団とともに、「生態系」という生物の生活を維持する自然界の秩序のなかで生きている。生態系は、ある地域内の生物集団と無機的環境(気候的環境、土壌的環境)とがかかわる物質循環エネルギーの流れによって維持される秩序であって、この生態系には構造と機能がある。

 しかし、一つの湖、沼、森林、草原などのように、一定の構造と機能をもつ適当な広さの自然生態系(単位生態系)には厳密な境界があるわけではないし、独立しているわけでもない。単位生態系は、相互に物質的、エネルギー的に結ばれ、全体として秩序のある地球生態系を構成している。地球生態系の生物集団の構造に注目すると、そこには機能の異なる三つの生物系統群がみられる。

[寺川博典]

三生物系統群とその働き

生物は三十数億年前に地球上に誕生して以来、進化を続け、現在では200万種に達するものとみられている。この多種多様な生物の集団は、系統進化学的にみると、三つの基本系統群から成り立っている。それらは、植物系統群(植物類)、動物系統群(動物類)、菌類系統群(菌類)である(菌類系統群には細菌類も含まれる)。それぞれの三基本系統群の働きの大筋に注目するとき、植物類は生産者、動物類は消費者、菌類は還元者(または分解者)という。

(1)生産者としての植物類 植物類はクロロフィルによる光合成を行って、無機物から有機物と酸素を生産する(この酸素が多くの生物の呼吸に使われる)。有機物を生産するには、無機的環境から二酸化炭素と水を取り入れ、太陽光線のエネルギーを使って、まずブドウ糖を合成する。ついでブドウ糖をもとにして、そのほかの有機物が合成される(有機物は光エネルギーを化学エネルギーに固定してもっている)。有機物は植物自体の呼吸にも使われるが、残りは成長の材料となって植物体をつくり、のちに落ち葉などの遺体となる。ある時間内、たとえば1年間の光合成量(総生産量)から植物の呼吸量を差し引いた残りを純生産量という。純生産量の蓄積が植物の生体、遺体であり、動物類・菌類の栄養源・エネルギー源となる(両者はブドウ糖を呼吸によって二酸化炭素と水に還元してエネルギーを獲得する)。

(2)消費者としての動物類 植物を餌(えさ)とする動物類が摂取する植物の量は、純生産量の10%以下と見積もられている。植物を餌とすることを出発点として、肉食動物には小形から大形へと食物連鎖食物網)によって結ばれたいくつかの栄養段階がある。各栄養段階における生体量およびエネルギー量は高段階ほど少なく、図示するとピラミッド形となる。したがって、動物類の食物連鎖は、植物類が固定したエネルギーを高い効率で受け取ることであり、大形肉食動物ほど、より大きなエネルギー浪費者にみえる。しかし、自然界におけるこうした食物連鎖は、生物群の均衡維持の基本であり、植物類が生産した有機物(その10%以内ではあるが)を効率よく菌類に引き渡す物質循環の中間段階を構成している。この「効率よく」という意味は次のように説明される。植物を餌とする動物類は、摂取した植物を細かく砕いて養分を吸収するが、砕いた植物の大部分(最高九十数%)を排出する。排出物を餌とする動物も同じである。こうした排出物は、菌類の還元作用を受けやすい状態となっている。食物連鎖の栄養段階の生体量がピラミッド形であることも、菌類が有機物である遺体の分解還元を行ううえで効率的といえる。つまり、菌類が動物類の餌となった植物全量を直接に分解還元するよりも、動物類の排出物と遺体とを分解還元するほうがはるかに速いわけである。

(3)還元者としての菌類 菌類はすべての生物の生産物、排出物、遺体の有機物を分解して無機物に還元する一方、菌体の構成材料とエネルギーを獲得する。かつては、有機物の還元は動植物も呼吸によって行っているので還元者は特定されないという意見もあったが、これでは自然認識を誤ることになる。なぜなら、植物類の純生産量の90%以上は菌類の還元作用を受けるからである。また、還元者は分解者ともいわれ、分解者のなかに土壌動物類を含める意見もあった。しかし、前述のように微小な土壌動物も消費者であることを考えれば、これも誤りといえる。

 植物細胞壁を構成している複雑な物質、たとえばセルロースヘミセルロースリグニンペクチンなどは各種の菌類によって分解還元されるほか、デンプン有機酸、アルコール類なども還元される。また、タンパク質は放線菌などの土壌菌によって活発に分解される。このほか、菌類にはケラチンやオリーブ油、バターを好んで分解するものもあれば、高級パラフィンから脂肪酸を生ずるものもある。インドール、アミン類やケトン類も好気性菌類によって還元される。こうした菌類集団による還元作用は、全生物の生活を支える元素の地球生物化学的物質循環にとって重要である。

[寺川博典]

地球生態系の起源と発達

三十数億年前の地球上に誕生した原始生物群は、原始地球上の化学進化の結果として生じた有機物(原始有機物)を吸収して生存を続けながら進化を行い、いろいろの方法で有機物を合成するようになった。その過程で植物の光合成が目覚ましく発展した。ついで、ブドウ糖を二酸化炭素と水に還元してエネルギーを獲得するクエン酸回路TCA回路)系と、それに続く電子伝達系が完成した。これによって、無機的自然界と生物界とを巡る壮大な地球生物化学的物質循環の経路が開かれた。この経路に沿って、有機物の生産、消費、還元が均衡を保つようになって地球生態系が完成し、この安定した基盤にたって生物界は発展してきた。ここで、生態系発達のあとをたどってみることにする。

(1)生態系の始まり(原始生態系) 地球の生物群は約30億年間を水中で過ごしたが、最初の原始生物群は原始有機物を吸収して生活するという菌類的栄養法であった。やがて、この原始菌類の進化過程において、無機物還元によるエネルギーを利用して有機物を自身で合成する化学合成細菌や酸素を放出しない細菌型光合成を行う細菌が現れてきた。このような独立栄養菌類が発展すると、それらから栄養をとる従属栄養菌類、および遺体を分解して還元する菌類の出現をみた。これが第一期原始生態系である。

 次に、単細胞藻類が酸素発生型光合成を行って繁栄するようになり、生態系は本格的な発展に向かった。これが第二期原始生態系である。この時期は、藻類が有機物と酸素をつくり、その有機物を摂取する単細胞体は動物的様相となり、それらの遺体は原始菌類伝来の働きを維持する単細胞性の菌類によって分解還元された。これらの生物群の多くは、酸素を呼吸に使ってエネルギーを獲得する形式を発達させた。また、遺体還元によって二酸化炭素を生じたことは、光合成の材料を生物自体の働きによって供給したということであり、生態系のうえで重要な意味をもっている。

(2)海洋生態系 原始生態系において、光のエネルギーを出発点とする有機物とエネルギーは、生物界を流れたあとに無機的環境に返されたが、物質のほうは、藻類を通じてふたたび生物界に取り入れられることになった。こうした循環に支えられて、海洋生態系では、それまでの単細胞生物は多細胞体に進化し、発展した。藻類は光合成をいっそう有効に行うために糸状や葉状となり、動物もエネルギー獲得を高能率にし、急速に進化して、古生代初期には脊椎(せきつい)動物まで現れた。菌類はこれらの生物に付随して生活し、糸状の体制になったものはあったにしても、大多数のものは単細胞的体制のままで分裂によって個体数を大いに増加し、藻類が必要とする水以外の物質の大半を供給した。海洋中に生物群が繁栄し、また、藻類による酸素の生産が進んで紫外線が遮られるようになると、この海洋生態系は陸上生態系を形成する基盤となっていった。

(3)陸上生態系の発達 古生代の始まるころ(約5億年前)になると、微小な藻類や菌類が陸地に定着するが、これらの働きによって岩石の化学変化が促進され、有機、無機の成分を含む原始土壌が形成された。これを基盤として緑藻系統の植物は陸上植物として進化を始め、しだいに地上に広がった。これらの植物は根に菌類が共生することによって、貧栄養土にも生育することができた。植物類が豊富になるにつれて、動物類も本格的に上陸を開始した。このような動植物類の発展は、大地の菌類の生活にも大きな刺激を与えた。すなわち、植物の茂る所では地上に動植物の遺体が蓄積し、地中には菌類共生の根圏が広がったわけである。植物類と菌類は協力して土壌形成を進め、その過程を動物類が助けた。これらの働きは物質の循環に深くかかわるものであった。

(4)地球生態系の完成 古生代末までに(約2億2000万年前)、植物は原始裸子植物類が出現するところまで進化し、海岸地帯に繁茂した。一方、動物では両生類から爬虫(はちゅう)類が出現するに至った。これらの動植物の進化にも、その後の被子植物や哺乳(ほにゅう)類の進化発展にも、菌類は密接な関係をもっていた。動物も菌類との共生体であり、哺乳類その他の草食動物では、餌のセルロースの分解は腸内共生菌類が行っている。また、陸地のほとんどの所では、まず細菌類や地衣菌類がすみつき、ついで、そこに植物、動物が生活圏を広げていった。こうして、陸上生態系は、海洋生態系と大気圏・水圏によって結ばれて一体となり、地球生態系が完成した。

[寺川博典]

人為的生態系

前述の地球生態系は何億年もかけて完成したものであったが、その後、きわめて短期間にできた生態系として人為的生態系がある。人為的生態系として、農耕地、植林地、牧場、養魚場、都市とその関連産業地などがあげられる。これらは爆発的な異常増殖を続けている人類の勢いの赴くところとはいえ、多くの生物の生存、ついには人類の生存をも危うくする多くの問題を含んでいる。

 自然生態系における植物類の生産は真の生産であるが、農産物の生産は農薬、殺虫剤、ハウス栽培関係、農機具などを含めて石油エネルギーを転換しているわけであり、しかも、これには収穫の何倍かのエネルギーが投入されている。農地では栄養塩類の流失があり、それを補うリン酸肥料の原料も有限である。人為的生態系における単一種の生物の育成は、一度病虫害に侵され始めると全滅にさらされる。薬剤の使用は自然生態系の破壊につながり、養魚場は海洋汚染につながる。地球上には人口の5倍の家畜があるといわれるが、肉食はエネルギーの浪費であるだけではなく、牧場そのものにも環境の汚染や破壊の問題がある。熱帯林において年々繰り返される広域の森林伐採(植林を伴わない)は砂漠化の原因となるものであり、アフリカをはじめとする広域の砂漠化も、そもそもの原因は自然生態系の徹底した破壊にある。

 都市の問題も深刻である。古代都市には、発達・拡張してやがて衰退するという歴史があった。しかし、現在の大都市は、生態学が経済学に応用されて発展してきたものであり、前述のように生態学そのものに還元者の認識が不十分であった。したがって、生産と消費があって還元のない経済構造こそ、環境汚染の最大の原因ということができる。人為的生態系を自然生態系に近づけ、自然環境を自然のままに維持する方向にこそ科学技術の最先端は向けられるべきであろう。また、人間の立場での自然保護も、自然生態系の生物集団が三つの生物系統群から成り立っているという自然認識にたってこそ、初めて自然の中の人間を見直すことができるであろう。

[寺川博典]


出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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