翻訳|ecosystem
ある地域に住むすべての生物とこれに相互に作用し合う非生物的環境をひとまとめにし,エネルギーの流れや物質循環に着目して一つの機能系とみなしたもの。イギリスの植物生態学者タンズリーA.G.Tansleyが1935年に提唱した語。
ある地域に住む生物とそれをとりまく環境が互いに密接な関係をもち,全体として一つの系を作り上げているとする自然認識はかなり古くからあった。ドイツのメービウスK.A.Möbiusが海中に固着生活をするカキの個体群とそこに共存する動植物が形成するとした〈生物共同体〉(1877),アメリカの昆虫学者フォーブズE.Forbesが湖沼とそこに住む各種生物について述べた〈小宇宙〉(1887),ロシアの林学者モロゾフG.E.Morosovの森林の樹木やそのなかの動植物が相互作用をもち形づくるとした〈有機体〉または〈共同体〉(1928),ドイツの林学者メーラーA.Möllerの〈森林有機体〉などの考え方である。こうした考え方は,アメリカのクレメンツF.E.Clementsによりさらに発展させられた。植物生態学者であるクレメンツは,1930年ころから動物生態学者であるシェルフォードV.E.Shelfordとの共同研究で,動植物を分離しない〈生物生態学〉という新しい生態学の分野を開拓した。彼らは生物共同体の地域的な単位をバイオームbiomeと名づけ,それはあたかも生物の個体と同じような高度の有機体と考えた。すなわちバイオームは生まれ,成長し,成熟し,そして死ぬとし,群集有機体論を展開した。このクレメンツらの考え方は生態遷移の〈単極相説〉と呼ばれているが,タンズリーをはじめとするヨーロッパの研究者たちは幾多の事実を挙げ反論した。タンズリーは植物群落が気候,土壌,草食動物などの要因により異なった極相に達するとし〈多極相説〉を主張し,クレメンツらのバイオームと非生物的環境との作り上げる系を〈生態系(エコシステム)〉と呼ぶことを提案した。
生態系の概念が確立したのは,42年のリンデマンR.L.Lindemanの研究によってであった。リンデマンは若くして亡くなった(1942年に27歳で没)が,ミネアポリス(アメリカのミネソタ州)近くの小さな湖(シーダー・ボグ湖)で行った湖の生物の食物環と栄養動態についての研究から,生態系の重要な内容である食物連鎖,栄養段階,物質循環,エネルギーの流れなどを具体的に明らかにした。さらに53年にはオダムE.P.Odumの《生態学の基礎》が,また54年にはクラークG.L.Clarkの《生態学原論》が出版され生態学における生態系の概念は定着し,高次の総合性をもつ生態系生態学が個生態学や個体群生態学とならんで一つの重要な分野として認められるようになった。1970年代には,戦後の人口爆発,生活水準の向上,工業化の促進などに伴い公害問題や環境破壊問題などが注目され,生態系の語は日常語となり,シミュレーション・モデルなどによる生態系解析もごく当り前の手法となっている。しかし,こうした生態系の構造と機能を研究する生態学に対し,生物の種の生態学の立場からの批判もあり,科学方法論的な問題点も残されている。
生態系は生物的要素と非生物的要素によって構成される。生物的要素は生産者,消費者および分解者の三つに大別される。この命名はドイツの陸水学者ティーネマンA.Thienemannによるもので,生物群集を種という概念にとらわれず,主要な機能的側面を重視して位置づけている。
(1)生産者producer 無機物を材料として有機物を合成することができる生物または生物群。生態系における生物生産の出発点である。一次生産者または基礎生産者ともいう。生産者は光合成色素クロロフィルをもつ緑色植物(高等植物とラン藻を含む藻類)が主であり,これらは太陽エネルギーを取りこみ,二酸化炭素と水から炭水化物を合成する。さらに無機塩類を加え,タンパク質や核酸,脂質など生物にとって不可欠なさまざまな有機物をつくり出す。必要な栄養をみずから作り出すという意味で独立栄養生物,自栄養生物,無機栄養生物などとも呼ばれる。緑色植物のほか,バクテリオクロロフィルをもつ光合成細菌と無機物の酸化エネルギーを利用する化学合成無機栄養細菌が生産者に含まれる。
(2)消費者consumer 生産者がつくった有機物を直接または間接に消費する生物または生物群。動物がこれにあたる。生産者である植物を直接食うか,またはその枯死体(落葉・落枝)を食う植食動物を第一次消費者,植食動物を食う肉食動物を第二次消費者,肉食動物を食う大型肉食動物を第三次消費者と区別する。このように普通は動物のみを指すが,機能的には分解者との境界はあいまいで,便宜的である。最近では従属栄養生物全体を指すこともある。
(3)分解者decomposer 動植物の死体や排出物あるいはその分解物を分解し,その際に生ずるエネルギーによって生活し,有機化合物を再び生産者が利用できる簡単な無機物にもどし,物質循環を完結させる役割を果たしている生物または生物群。還元者reducerとも呼ばれる。有機栄養の細菌類,菌類,原生動物などの微生物を指すことが多い。しかし,これらの生物も実際には有機物を体内にとりこみ,自己のからだを合成して成長し,やがて死んでいくのであり,消費者とされる動物と本質的な差異はない。微小(小型)消費者ともいう。
(4)非生物的環境 媒質,基層,物質およびエネルギー代謝の材料に大別される。媒質は生活環境を構成し,生物の表面と直接の接触を保つ物質であり,水,空気,土壌が重要である。基層は生物がその上に生活している物体である。物質およびエネルギー代謝の材料は生物の生活型により異なるが,生産者には光,二酸化炭素,水,無機塩類,酸素などが重要であり,消費者には食物としての有機物,酸素,水などが重要である。
生態系の各構成要素間の相互関係のうち,主要でありしかも普遍的なものとしてエネルギーの流れと物質の循環が挙げられる。図に示されるように,太陽からの光エネルギーは光合成により生態系にとりこまれ化学エネルギーとなり,食物連鎖を通じて消費者や分解者と呼ばれる従属栄養生物群の生活エネルギーとなる。エネルギーは最終的には熱エネルギーとして系外に失われるが,失われたエネルギーは再び生物に利用されることはない。これに対し,二酸化炭素,水,窒素,リンなどの物質は非生物的環境と生物群集の間をくりかえし循環する。オダムは生態系の機能としてエネルギーの流れと物質循環とならんで,系の発展と進化および系の〈制御〉を取りあげている。
生態系の根幹は普遍的であり抽象的なものであるが,具体的な現存形態は成立の条件や系のとらえ方によってさまざまである。まず媒質によっては陸上生態系と水界生態系とがあり,後者はさらに海洋,湖沼,河川生態系などに区別される。陸上生態系は降水量により砂漠,草原,森林生態系などになり,温度条件によっては亜寒帯針葉樹林,冷温帯落葉広葉樹林,暖温帯照葉樹林,亜熱帯多雨林生態系などが区別される。さらに人間の関与を考えると,人工林,人為的な草地,耕地,さらには都市生態系などが認められる。これらの人為的ないしは半自然的生態系では多量の物質およびエネルギーの移入・移出があることが特徴的である。また系の大きさによっては小は一滴の水の中に成立するマイクロコズムmicrocosmから,大は地球や宇宙を生態系とみることもある。
生態系の発展に関する原理は,〈生態遷移〉として知られている。一般に生態系は,裸地に植物が進入し群落を形成し,最終的には安定な森林を形成するというような成長段階を経てある種の安定な動的平衡状態に達する。この状態を極相(クライマックスclimax)という。オダムは生態系の遷移におけるさまざまな属性の変化を表のようにまとめた。遷移の初期段階では純生産が大きく,食物連鎖は短く,小型の生物が主体であり,栄養塩類の循環は開放的性格が強く,全体として安定性が乏しい傾向がある。これに対し成熟した生態系では現存量に対する生産量の比は小さく純生産も小さい。食物連鎖は複雑で生物の種数も多様であり,系としての安定性が高い。このような生態系の発展の理論は,人間の関与の度合が増えつづけている生態系の管理の問題において,最善の道を選ぶための重要な手がかりを与えるものとして重要視されている。
生態系を総合的に研究するためには多種類の生物群集の固有な生活史の研究をはじめとし,数多くの環境要因の測定などを行わなければならない。リンデマンの歴史的に重要な生態系の研究が,シーダー・ボグ湖という小さな湖(1万4480m2)で行われたことは研究対象の大きさと研究に必要なマン・パワーとの関係の重要さをよく表している。日本で行われた生態系研究の例としては宝月欣二らの諏訪湖の研究(1947-51)や小倉謙らの尾瀬ヶ原の研究(1951)などが知られている。いずれも多数の研究者が多くの時間を費やしているが,生態系としての解析は未成熟だとする見方がある。その後国際生物学事業計画(IBP)が1965年から72年にかけて行われたが,この計画は日本を含め約60ヵ国の第一線の研究者多数が協力して地球上のさまざまな生態系における生物生産を研究したもので,地球生態系の諸問題,特に食糧問題に対する科学的根拠を求めようとするものである。これらの研究の過程では,莫大なマン・パワーが投入されるとともに,コンピューターを駆使したシミュレーション・モデルの技術が新しく用いられ,またシステム分析による複雑な生態系の解析も行われるようになった。
執筆者:林 秀剛
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ある一定の地域で生息しているすべての生物と、その無機的環境とを含めて総合的なシステムとみた場合、それを生態系(エコシステム)という。とくに、そのなかでの物質循環やエネルギーの流れ、さらに情報量あるいは負のエントロピーの維持・伝達といった機能的な側面に重点を置く。すなわち、太陽光線をエネルギー源として生産者(緑色植物)は、無機的環境から取り込んだ物質を素材として有機物を合成し、太陽光線のエネルギーが化学的エネルギーに転換される。これに依存して生活する消費者(動物)はその化学的エネルギーの一部を成長・増殖、さらに生活行動に必要な形態に転換して利用する。生産者および消費者の排出物や遺体は分解者(細菌や菌類。還元者ともいう)によって利用し分解され、物質はふたたび無機的環境に還元される。
この過程で、太陽光線を供給源とするエネルギーを種々の形に転換して利用することにより、その生物共同体が維持されているが、熱力学の第二法則に従って、そのエネルギーは最後には熱として外界に放出される。したがって、生態系は、太陽光線をエネルギー源とし、無機的環境―生産者―消費者―分解者―無機的環境へと、物質の有機化・無機化の過程を通して循環させることにより営まれている一つの巨大な自律的機関であるとみなすことができる。こうした機能をもった生態系の構造の安定性や効率などの問題を明らかにすることは、生態系の性質を理解するうえで重要である。
生物と環境を含めた総合的な見地の重要性は、古くから多くの人によって意識されていたが、エコシステムということばは1935年イギリスの植物生態学者タンズリーA. G. Tansley(1871―1955)によって初めて提唱された。ひと口に生態系といっても、その無機的環境の条件によってその様相はいろいろと異なっている。たとえば、海洋、湖沼、陸地、極地、砂漠などの生態系に区別されることがあるし、またその生物相の特性によって草原生態系、森林生態系あるいは鳥類生態系とか、耕地生態系、都市生態系など、最近ではきわめて広い範囲の対象に対して生態系ということばが使われるようになっている。
生態系を、生物進化の視点から考察することが近年とくに重要視されるようになり、進化生態学とよばれる分野の研究が盛んになりつつある。生態系の研究は今後、集団生物学や社会生物学などを総合した広い視野にたった学問の研究対象として理解がさらにいっそう深められていくことであろう。
[寺本 英]
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(垂水雄二 科学ジャーナリスト / 2007年)
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…遺伝学の分野では,ほぼ同じ内容のものを集団と呼んでいる。 一方,ある地域にすむすべての生物とその地域の非生物環境とをひとまとめにし,主として物質やエネルギーの動きに注目して機能的にとらえたものを生態系ecosystemと呼ぶ。早わかり的にいえば,群集と非生物環境を合わせて力学系と考えたものである。…
…エコロジーecologyは生物学の一分野である生態学を意味する英語。人間と自然環境とのバランス,さらに物質循環との相互関係を,人間は生態系という有機体の一員であるという視点からとらえる運動である。このような運動は1960年代後半からヨーロッパ,北アメリカなどの工業化社会で,自然と調和し共存できる生活,経済,社会のあり方を求める人々によって起こされてきた。…
…生物学の一分野であるが,どのような範囲を指すかは研究者によって異なり,定義は一定しない。このことばを最もすなおに受け取れば,生物の生態を対象とする分野ということになるが,この生態ということばそのものがかなり多義的であるうえに,一方では生態に含めるのがふつうな内容(例えば行動や習性)を生態学に含めない場合がしばしばあるのに対し,一方では生態にふつうは含めないような内容(例えば生態系の物質循環)がかなりの研究者によって生態学に含められているからである。
[概念の成立]
そもそも生態ということばはそれ自体が生態学ということばと同時に造られたもののように思われる。…
…遺伝学の分野では,ほぼ同じ内容のものを集団と呼んでいる。 一方,ある地域にすむすべての生物とその地域の非生物環境とをひとまとめにし,主として物質やエネルギーの動きに注目して機能的にとらえたものを生態系ecosystemと呼ぶ。早わかり的にいえば,群集と非生物環境を合わせて力学系と考えたものである。…
…生態系において,生物体を構成するさまざまな物質が環境から生物にとり込まれ,食物連鎖や腐食連鎖を通じて生物間を移動し,再び環境にもどされることをいう。エネルギーの流れとともに,生態系の最も重要な機能の一つであるが,化学物質は環境と生物の間をなん回でも循環することが可能であり,この点で一方的な流れであるエネルギーの流れとは対照的である。…
※「生態系」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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