多系統萎縮症(読み)タケイトウイシュクショウ

デジタル大辞泉 「多系統萎縮症」の意味・読み・例文・類語

たけいとう‐いしゅくしょう〔‐ヰシユクシヤウ〕【多系統萎縮症】

成年期に発症する進行性の神経変性疾患。非遺伝性の脊髄小脳変性症の中で最も頻度が高い。ふるえや筋肉のこわばり、動きづらさなどのパーキンソン症状を主体とするMSA-Pと、起立・歩行時のふらつきなどの小脳性運動失調を主体とするMSA-Cに分類される。指定難病の一つ。MSA(multiple system atrophy)。
[補説]かつては、小脳性運動失調を主な症状とするものをオリーブ橋小脳萎縮症パーキンソン病に似た症状を呈するものを線条体黒質変性症、立ちくらみ・失神・尿失禁などの自律神経症状を主な症状とするものをシャイ・ドレーガー症候群として区別していたが、これらの病気は、進行すると症状が重複してくることや、神経細胞に共通の病変がみられることから、多系統萎縮症と総称されるようになった。

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内科学 第10版 「多系統萎縮症」の解説

多系統萎縮症(脊髄小脳変性症)

(1)多系統萎縮症(multiple system atrophy:MSA)
概念
 成年期に発病する非遺伝性脊髄小脳変性症のなかでは,代表的な疾患である.おもに小脳系,黒質線条体系,自律神経系が障害される.発病時点での病変分布により病期前半の症候が異なるが,進行期には病像は類似し,病理所見に重複の多いことから,多系統萎縮症と総称される.歴史的な経緯から,疾患名は発症初期から前半期の前景症候と対応して用いられることが多い.すなわち,前景症状が小脳性運動失調であるものはオリーブ橋小脳萎縮症(olivopontocerebellar atrophy:OPCA),パーキンソニズムであるものは線条体黒質変性症(striatonigral degeneration:SND),自律神経障害であるものはShy-Drager症候群(Shy-Drager syndromeSDS)として,臨床診断名としても用いられている.
疫学
 わが国の全脊髄小脳変性症の40%を占める頻度の高い疾患である.病因については不明である.多系統萎縮症の病型別頻度でみた場合,わが国では小脳性運動失調で初発するものが多く多系統萎縮症の70%を占める.パーキンソニズムで初発するものがこれにつぐ.
病理
 多系統萎縮症の主要な系統病変は被殻,黒質,橋,小脳皮質,下オリーブ核,脊髄の中間外側柱などであり,同部位に神経細胞脱落とグリオーシス,ならびに関連する投射系に髄鞘淡明化を伴う.小脳系の病変は下オリーブ核,橋核,小脳皮質であり,オリーブ橋小脳萎縮症で顕著である.なかでも橋核の神経細胞脱落変性は高度であり,橋核から小脳皮質への投射線維が密に分布している橋横走線維,中小脳脚,小脳白質も強く変性する.黒質線条体系は線条体黒質変性症において病初期より強く変性する.線条体において被殻病変は吻側よりも尾側に,かつ外包に接する背外側部に病変が強い.この部分にフェリチンが沈着し,肉眼で黄褐色を呈する.黒質では緻密帯のメラニン色素含有細胞が脱落し,網状帯に線維性グリオーシスを伴う.自律神経系において主要な病変は起始核にある.すなわち,迷走神経背側核,脊髄中間外側柱,仙髄副交感神経核,Onuf核などに神経細胞脱落変性とグリオーシスをきたす.これらはShy-Drager症候群においては顕著である.
 以上の所見に加えて,多系統萎縮症では不溶化したα-synuclein(SNCA)が乏突起グリア細胞や神経終末に過剰蓄積する.これらはGallyas染色を行うと乏突起グリア細胞にはglial cytoplasmic inclusion(GCI),神経細胞にはneuronal cytoplasmic inclusion(NCI)として知られる嗜銀性封入体として観察される(図15-6-25).これらの封入体は中枢神経系の白質,特に病変の強い部位に密に分布する.乏突起グリア細胞に出現する嗜銀性封入体は遺伝性脊髄小脳変性症には認められず,しかもその程度や分布が圧倒的であることから,診断的意義がある.
病態機序・病因
 SNCAは通常はシナプス終末に発現することから,シナプスの可塑性や機能維持にかかわっていると推定されている.多系統萎縮症では神経細胞のみならず,本来には痕跡程度にしか発現しない乏突起グリア細胞にもSNCAが過剰に発現している.SNCA蛋白の一次構造に異常はないが,翻訳後にリン酸化やニトロ化などの修飾を受けて難溶性となり,凝集して細胞内封入体を形成する.SNCAの過剰発現,異所性発現,翻訳後修飾が病態機序に深くかかわっていると推定されているが,発症の原因については不明である.このようにSNCAの過剰発現が病態機序に密接にかかわっていることから多系統萎縮症は,Parkinson病やびまん性Lewy小体病とともにα-synucleinopathyと総称されることがある.
臨床症状
 多系統萎縮症の基本的な神経症候は,小脳性運動失調,パーキンソニズム,自律神経障害である.小脳症候は頻度が高く,発病初期から前景である場合にはオリーブ橋小脳萎縮症と診断される.経過中にパーキンソニズムが出現してくると,先行する小脳性運動失調は不明瞭となる.すでに述べたようにパーキンソニズムで初発するものは線条体黒質変性症と診断されることがある.なかには本態性Parkinson病に矛盾しない程度の静止時振戦,固縮,運動緩慢をみる場合がある.この場合,初期には抗Parkinson病薬にある程度は反応するが,被殻病変の進展に伴いレボドパ製剤やドパミン受容体作動薬の効果は減弱する.この特徴は,後で述べる診断基準の1項にあげられている.線条体黒質変性症では進行に伴い画像診断においては小脳や脳幹萎縮が認められるが,小脳症候はパーキンソニズムにマスクされて明瞭ではない.このような場合でも仔細に観察すると起立は不安定であり,歩行が開脚不安定であるなど典型的Parkinson病とは相違しているので鑑別診断の糸口になることがある. 自律神経障害は多系統萎縮症においては病型を問わず経過中に出現しうる症候の1つである.顕著な自律神経障害で初発するものを特にShy-Drager症候群と称することがある.頻度の高いものは尿閉,残尿,頻尿,失禁など神経因性膀胱によるもの,立ち眩みや失神など起立性低血圧によるもの,インポテンスなどがある.発汗減少とそれに伴う体温調節障害,食事性低血圧,消化管運動低下に伴う便秘,なども無視できない.末梢の血流低下に伴い手指が紫色を呈することがある.これはcold hand signとして知られているもので,血管運動神経の障害による.進行期には頸部の過度の前屈(antecollis),痙笑,異常姿勢などの錐体外路徴候,情動失禁,歯ぎしり,呼吸障害などを呈する場合がある.パーキンソニズムを呈する多系統萎縮症では,悪性症候群を併発する場合がある.後輪状披裂筋の萎縮により声門の開大が障害されると,吸気障害を呈し,吸気性喘鳴や睡眠時無呼吸をきたす.これはGerhartd症候群として知られているものである.また,脳幹病変の進展によっては中枢性無呼吸もある.いずれも突然死の原因として重要である.さらにはREM睡眠時に通常は筋弛緩するところを筋緊張が反対に出現したり,ときには睡眠時に不随意運動や行動異常をみることも知られている.
検査成績
 血液検査に診断的価値のある特異なものはない.多系統萎縮症の補助診断として重要なものは自律神経機能検査と画像診断である.最近注目されているものに123I-メタヨードベンジルグアニジン(metaiodobenzyl-guanidine:MIBG心筋シンチグラフィがある.MIBGはノルアドレナリントランスポーターにより交感神経終末に取り込まれる.本態性Parkinson病ではMIBGの集積率が早期から低下するのに比して多系統萎縮症では保たれていることが多い.これは多系統萎縮症における自律神経障害が節前成分に強いことを反映している.
 多系統萎縮症においてはX線CTMRIなどの画像診断では小脳と脳幹の萎縮が認められる.MRIにおいては,T2強調画像などの撮像条件によっては被殻外縁に高信号,背尾側に信号強度の低下,橋や中小脳脚に信号強度の亢進などが検出される(図15-6-26A).これらの変化は病型により相違がある.小脳脳幹萎縮はオリーブ橋小脳萎縮症においては早期から認められる.橋の萎縮は,尾側から明瞭となる.橋底部や中小脳脚においてT2強調画像で白質の信号強度が亢進する(図15-6-26B).一方,線条体黒質変性症やShy-Drager症候群においては,小脳と脳幹の萎縮は進行期に認められる.被殻におけるMRI信号強度の異常は,パーキンソニズムで発病する線条体黒質変性症に多いが,経過の途中にパーキンソニズムが加わってくる病態においても同様に認められることがある.
 SPECTによる脳血流シンチグラムでは,小脳や脳幹の血流が早期から低下する.黒質線条体系のドパミン作動性神経は,多系統萎縮症では節前成分(黒質),節後成分(被殻)ともに変性する.ドパミン作動性神経終末の指標としてドパミントランスポーター,節後マーカーとしてドパミンD2受容体を適切なリガンドを用いて画像化することができる.多系統萎縮症においては節前マーカー,節後マーカーともに低下することから,節後マーカーが保たれているParkinson病とは相違している.
診断
 わが国では旧厚生省特定疾患運動失調症調査研究班により1991年に公表された診断基準が長く用いられてきた.その基準は初発となる前景症候を重視したものである.すなわち多系統萎縮症の共通の特徴として,非遺伝性で中年以降に発病すること,頭部CTやMRIで小脳,橋の萎縮を認めること,3大系統障害として小脳症候,パーキンソニズム,自律神経症候をあげ,経過中にはこれらいずれの症候も出現しうるとしている.そのうえで,小脳性運動失調で初発し前景となるものをオリーブ橋小脳萎縮症,自律神経症候で初発し前景となるものをShy-Drager症候群,パーキンソニズムで初発し主症候で経過するものを線条体黒質変性症とした.この基準は簡便で実用的であるので,現在でも基本的には適用可能である.
 一方,欧米ではコンセンサスクライテリアが提唱されて以来,これが世界的に用いられるようになった(Gilmanら,1999).2008年にその改訂版が発表された(Gilmanら,2008).その特徴は画像診断の進歩を踏まえて早期診断への応用を考慮したものである.その概要を表に示した(表15-6-14).MSAは30歳以降に発病する非遺伝性疾患であることを基本として,病理診断で確定したものをdefininite MSA,臨床診断の確実さにより,自律神経障害にパーキンソニズム,もしくは小脳性運動失調を伴うものをprobable MSAとし,これらの臨床所見を満たさないものをpossible MSAとして大別される.診察時の前景症候が小脳性運動失調であるものはMSA-C,パーキンソニズムであるものはMSA-Pとして分類される.この診断基準においては自律神経障害,小脳症候,パーキンソニズムが3大症候として重視されていること,自律神経障害においては起立性低血圧と神経因性膀胱に明確な基準が設定されていること,レボドパ抵抗性パーキンソニズムが基準の1つとして重視されていること,錐体路徴候は疾患特異性に欠けるとして付帯徴候の1つに取り入れられていること,自律神経障害は多系統萎縮症の必発障害とみなしているのでShy-Drager症候群なる概念がないことなど,わが国の診断基準とは異なる部分もあることを認識して利用する必要がある.起立性低血圧はSchellongテストで判定する.起立不能であれば坐位での体位変換で判定する.体位変換して3分以内に基準を満たす血圧の変動があれば陽性とする.起立性低血圧を示唆する症状があれば,1回の試験で判定基準を満たさなくとも繰り返して行う必要がある.
鑑別診断
 成人発症の小脳性運動失調という面からは,非遺伝性の皮質性小脳萎縮症(CCA),遺伝性脊髄小脳変性症,アルコール性小脳失調など二次性運動失調症が鑑別の対象となる.パーキンソニズムという点では,Parkinson病,びまん性Lewy小体病,進行性核性麻痺,大脳皮質基底核変性症などが鑑別の対象となる(森松,2004).
治療・合併症・予後
 治療法としては,発病や進行を阻止できるような効果的治療法は知られていない.リハビリテーションによる機能維持,薬物療法,全身管理が中心となる.薬物療法としては起立性低血圧,神経因性膀胱,食事性低血圧,パーキンソニズム,睡眠時運動障害などに対して,ある程度の薬物調節が可能である.また運動失調に対してはTRH製剤が用いられている.排尿障害の程度によっては間欠自己導尿やカテーテル留置が必要になる.一般的経過としては発病して数年~10
年前後で臥床状態になる.生命予後は進行期の療養と全身管理により異なるが,尿路感染や肺炎を併発して死亡することが多い.声帯外転麻痺による呼吸困難がある場合には気管切開を行う.また,睡眠時無呼吸などにより突然死する可能性があり,注意を要する.[佐々木秀直]
■文献
Gilman S, Low PA, et al: Consensus statement on the diagnosis of multiple system atrophy. J Neurol Sci, 163: 94-98, 1999.
Gilman S, Wenning GK, et al: Second consensus statement on the diagnosis of multiple system atrophy. Neurology, 71: 670-676, 2008.
森松光紀:二次性パーキンソニズム―Parkinson病との鑑別診断.医学のあゆみ,208: 547-553, 2004.

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「多系統萎縮症」の意味・わかりやすい解説

多系統萎縮症
たけいとういしゅくしょう

神経細胞に原因不明の広範な変性を認める神経変性疾患。英語名称はmultiple system atrophyで、略称MSA。多様な病理像を示すため、それらをどうとらえるかでさまざまな分類がなされてきた。脊髄(せきずい)小脳変性症のなかでもっとも多く、運動失調に構音障害を伴うOPCA(オリーブ橋小脳委縮症、olivopontocerebellar atrophy)、パーキンソン症候群の症状に排尿障害や起立性低血圧などを伴うSND(線条体黒質変性症、striatonigral degeneration)、自律神経系の失調症状に運動機能障害を伴うSDS(シャイ‐ドレーガー症候群、Shy-Drager syndrome)の三つを包括する疾患概念として多系統委縮症とよばれることになった。2003年度(平成15)からこの名称で特定疾患(難病)に指定されている。2008年にはMSAに関する新しいコンセンサスが発表され、細かい診断基準が示された。具体的にはパーキンソン症状や小脳症状および自律神経障害などがみられたときに、definite MSA(線条体黒質変性またはオリーブ橋小脳変性を伴う)、probable MSA(自律神経障害と、パーキンソン症状の一部か小脳症状を呈する)、possible MSA(自律神経障害、パーキンソン症状か小脳症状の少なくとも一つを呈する)に分類され、さらにパーキンソン症状が多く認められるパーキンソン症候群型(MSA-P)と小脳症状が多く認められる小脳失調型(MSA-C)に分類される。またprobable MSA とpossible MSA は、30歳以降に発症する孤発性で進行性の変性疾患と定義されている。

[編集部]

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