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大セルビア主義 だいセルビアしゅぎ Movement for Greater Serbia

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

大セルビア主義
だいセルビアしゅぎ
Movement for Greater Serbia

スラブ人の国家創設をめぐる論争において特に第1次世界大戦中に有力となった政治的潮流。オスマン帝国支配下の南スラブ人のなかでかつてステファン・ドゥシャンの治下に強盛を誇ったことのあるセルビアは早くから公国として自立し,解放運動のイニシアチブをとった。

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百科事典マイペディアの解説

大セルビア主義【だいセルビアしゅぎ】

セルビアを中心に南スラブ諸民族の統一国家建設をめざした民族運動。19世紀に発展し,パン・スラブ主義の先頭となり,セルビア国内に反オーストリア秘密結社を作って活躍。
→関連項目ボスニア・ヘルツェゴビナ併合問題

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大セルビア主義
だいせるびあしゅぎ

第一次世界大戦前のバルカンにおける民族主義の総称。セルビア公国の政治家ガラシャニンIlija Garaanin(1812―1874)は、1844年にセルビア外交政策の指針として「ナチェルターニエ」Naertanijeを発表した。このなかで、「セルビアの使命は、ハプスブルク帝国とオスマン帝国に対する南スラブ人の民族解放闘争の準備をし、率先してそれを進めることだ」と説いた。この考えが大セルビア主義の基礎となる。1904年にセルビア王国の首班となったパシチは、外交方針としてセルビア人の居住する地域すべての統一を掲げ、大セルビア主義的政策を推進した。このため、ハプスブルク帝国内のセルビア人にも多大な影響を与え、セルビアとオーストリアとの対立関係を強めた。そして、両国の対立は、第一次世界大戦の直接的な原因となった。
 第二次世界大戦時のチェトニク、ユーゴスラビア紛争時のミロシェビッチに対しても、その政策を説明するため「大セルビア主義」ということばが使われた。[柴 宜弘]

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