大セルビア主義(読み)だいセルビアしゅぎ(英語表記)Movement for Greater Serbia

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

大セルビア主義
だいセルビアしゅぎ
Movement for Greater Serbia

南スラブ人の国家創設をめぐる論争において特に第1次世界大戦中に有力となった政治的潮流。オスマン帝国支配下の南スラブ人のなかでかつてステファン・ドゥシャンの治下に強盛を誇ったことのあるセルビアは早くから公国として自立し,解放運動のイニシアチブをとった。セルビアを中心に南スラブ人の統一国家を再建しようという理念は早くも I.ガラシャーニンの「計画」 Načertanije (1844) にみられるが,より明確なかたちで大セルビア主義を定式化したのはセルビア急進党の創設者でセルビア王国の首相,外務大臣を歴任した N.パシッチであった。パシッチはセルビア王家によって統治され,主としてセルビア正教徒のセルビア人からなる親ロシア的中央集権国家の創設を提唱したが,帝政ロシアの崩壊 (1917) とともにその立場が弱まり,カトリック教徒やイスラム教徒の非セルビア人を多数含むセルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国が成立した (1918) 。しかしパシッチは新生国家において首相となり (1921~26) ,セルビア中心主義政策を強行した。

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百科事典マイペディアの解説

大セルビア主義【だいセルビアしゅぎ】

セルビアを中心に南スラブ諸民族の統一国家建設をめざした民族運動。19世紀に発展し,パン・スラブ主義の先頭となり,セルビア国内に反オーストリア秘密結社を作って活躍。第1次大戦前最高潮に達し,サラエボ事件を起こした。第1次大戦後に成立した〈セルビア人クロアチア人スロベニア人王国〉(のちユーゴスラビア王国)でもセルビア人の覇権意識がみられ,近年のユーゴスラビア内戦においても顕著に現れている。
→関連項目ボスニア・ヘルツェゴビナ併合問題

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大セルビア主義
だいせるびあしゅぎ

第一次世界大戦前のバルカンにおける民族主義の総称。セルビア公国の政治家ガラシャニンIlija Garaanin(1812―1874)は、1844年にセルビア外交政策の指針として「ナチェルターニエ」Naertanijeを発表した。このなかで、「セルビアの使命は、ハプスブルク帝国とオスマン帝国に対する南スラブ人の民族解放闘争の準備をし、率先してそれを進めることだ」と説いた。この考えが大セルビア主義の基礎となる。1904年にセルビア王国の首班となったパシチは、外交方針としてセルビア人の居住する地域すべての統一を掲げ、大セルビア主義的政策を推進した。このため、ハプスブルク帝国内のセルビア人にも多大な影響を与え、セルビアとオーストリアとの対立関係を強めた。そして、両国の対立は、第一次世界大戦の直接的な原因となった。
 第二次世界大戦時のチェトニク、ユーゴスラビア紛争時のミロシェビッチに対しても、その政策を説明するため「大セルビア主義」ということばが使われた。[柴 宜弘]

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