コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

大阪砲兵工廠 おおさかほうへいこうしょう

1件 の用語解説(大阪砲兵工廠の意味・用語解説を検索)

百科事典マイペディアの解説

大阪砲兵工廠【おおさかほうへいこうしょう】

江戸時代の長崎製鉄所の主要機械類を受け継いで1870年大阪城内に設立した大砲製造所を,1879年大阪砲兵工廠と改称。陸軍の火砲類を製造した。1906年日露戦争後の生産削減に伴う人員整理,賃金減額などに対する反発から労働争議が起こったが,ストライキは実施されないうちに終息した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典内の大阪砲兵工廠の言及

【大阪砲兵工廠争議】より

…1906年12月に起きた大阪砲兵工廠(職工数1万3600人)における争議。日露戦争を前後する時期,軍工廠や造船所など日本資本主義の根幹をなす重工業大経営のほとんどにあいついで労働争議が発生した。…

【軍工廠】より

…両者とも,明治維新政府が旧幕府,西南雄藩が建設した造船所,兵器工場を接収および新設して出発した。陸軍は東京砲兵工廠(1868年,小銃製造中心,幕府の関口製作所が母体),大阪砲兵工廠(1870年,火砲製造中心,長崎製鉄所の機械と職工を大阪城内に移した造兵司が母体)を起点とし,修理と輸入品の模造をおこないつつ,欧米から労働手段・技術を輸入して,1887‐90年には一定の兵器の量産が可能となり,村田銃(十三年式(明治13年)→十八年式→連発銃(明治22年)と改良),7センチ後装式野砲・山砲はこの時期の技術的到達点を示している。海軍は旧幕府が建設していた横須賀造船所等を接収して,1872年に海軍省直轄とし,74年に海軍兵器製造所を東京築地に新設(工部省赤羽工作分局の機械等を移し,1897年より海軍造兵廠と称する)。…

※「大阪砲兵工廠」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大阪砲兵工廠の関連キーワード八幡製鉄所製鉄所名跡ウオーマシン神戸製鉄所の高炉新日鉄八幡製鉄所の火災大島道太郎香月薫平ハルデス湯川正夫

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

大阪砲兵工廠の関連情報