イギリスの宗教作家ジョン・バニヤンの寓意(ぐうい)物語。前編1678年刊。前・後編は1684年刊。正式には『この世から来るべき世への巡礼の歩み』The Pilgrim's Progress from This World to That Which Is to Come; Delivered under the Similitude of a Dream。「天路歴程」という書名はイギリス人宣教師バーンズWilliam Chalmers Burns(1815―1868)が中国布教の際、厦門(アモイ)で中国語訳を出版(1853)したときのものが使われている。荒野をよぎる途中洞穴で眠り、そこでみた夢をつづる一種の夢物語で、敬虔(けいけん)なキリスト教徒の一生をアレゴリー化した内容。第一部では、主人公クリスチャンが破滅の都を後にして落胆の沼、慚愧(ざんき)の谷、虚栄の市(いち)、疑惑の城などを経て天の都へ至る道程を描き、その間さまざまな美徳・悪徳の人物と遭遇する。第二部は、第一部でクリスチャンとの同行を拒んだ妻クリスチアーナが、信仰に目覚めて子供たちを連れ、周囲の反対を押し切って旅立ち、隣人のグレート・ハートに伴われ苦難の数々を乗り切り、天の都へたどり着く道程が描かれる。ピューリタンの敬虔、真摯(しんし)な心境と行動が率直・簡明な文体で表現され、登場人物の迫真性、現世への鋭い観察と洞察は、中世の類型的寓意物語を脱却している。その後出現する小説のジャンルにも大きな影響を与え、深い宗教性と感動的内容によって聖書を補う炉辺の書として広く読まれた。
[船戸英夫]
『竹友藻風訳『天路歴程』全2巻(岩波文庫)』
イギリスの説教者J.バニヤンの寓意物語。全2部。1678,84年刊。作者の夢物語という形式で語られる。重荷を負ったクリスチャンという男が一巻の書物を読み,彼の住んでいる町が神の手で裁かれることを知り,この〈破滅の都市〉から逃れようとする。〈落胆の沼〉や〈虚栄の市〉における誘惑にうちかち,さらに悪魔アポリオンに悪戦苦闘の末勝って,最終的に〈天上の都市〉に到着する。以上の第1部につづく第2部では,〈破滅の都市〉に残された妻クリスティアーナが同じくさまざまな苦難の末〈天上の都市〉に至る寓意物語である。簡潔素朴な文体で書かれ,寓意物語でありながら素朴なリアリズムを生み出し,結果として近代小説の発生を導き出している。この書はイギリスにおいて万人の書となったが,日本でも1886年に宣教師W.J.ホワイトによって日本語訳された版は広く読まれ,ほかに数種の日本語訳がある。《ロビンソン・クルーソー》《ガリバー旅行記》と並んで,英文学の作品中最も多くの言語に翻訳されている。
執筆者:榎本 太
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バニヤン作の寓意物語。2部からなり1678,84年刊。主人公クリスチャンの天国に至る信仰上の苦闘の姿を平易な文体でつづり,ピューリタン文学の傑作として広い影響力を持った。
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出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
…だから小説はあくまで真実を語り道徳を高める役割を果たさねばならない,と主張したのである。イギリス小説の初期の傑作たるJ.バニヤンの《天路歴程》(1678,84)はキリスト教精神の弘布の役割を果たすから,デフォーの《ロビンソン・クルーソー》(1719)は事実の記録(今日でいうノンフィクション・ドキュメンタリー)だからという理由で,当時の市民階級の読者から歓迎されたのである。
[特質]
イギリスの小説,特に〈ノベル〉には,それを生み出した地域社会に共通する精神構造や風俗に依拠している部分が多い。…
※「天路歴程」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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