日本大百科全書(ニッポニカ) 「宗教文学」の意味・わかりやすい解説
宗教文学
しゅうきょうぶんがく
人間の生と死を踏まえて、究極的実在への信仰または諦観(ていかん)、現世における倫理的行動原理を扱う文学。聖なるもの、絶対なるもの、未知なるものへの飽くない探求心を主軸に、苦悩し、苦闘する人間の姿を描き出す。宗教文学を広義にとれば、諸宗教の経典も含まれる。たとえば、ユダヤ教、キリスト教の聖典『旧約聖書』は、神話、短編小説、劇、詩、格言など諸要素が集大成され、その『外典』には「ベルと竜」のように推理小説の原型まである。ヒンドゥー教の『バガバッド・ギーター』にしても、精神的苦悩の深刻さによって西欧社会でも広く読まれている。仏教、ことに禅宗の世界では、日常経験に反する意外性、超越的思想が説かれ、その理解は詩的想像力と洞察力を必要とする。その意味からイエスの譬(たと)え話parableも同じく文学の一形式と考えられよう。また絶対的存在をとらえそれを有限なことばで表現する神秘主義的作品、たとえば十字架の聖ヨハネの詩も含まれる。一般に、ある特定の宗教が支配的な国においては、ほとんどの作品が宗教性を帯び、神や仏に対する賛美、嘆願、感謝、懺悔(ざんげ)、死後の救済願望などが主題となる。近世以後は懐疑主義が台頭し、信と不信の交錯する心理的葛藤(かっとう)を通じて、既成の宗教概念を排して人間存在の根源に迫ろうとする傾向が強くなる。その意味でパスカル、ボードレール、ドストエフスキー、グレアム・グリーン、カザンザキス、遠藤周作らの作品が注目される。
[船戸英夫]