改訂新版 世界大百科事典 「太刀屋座」の意味・わかりやすい解説
太刀屋座 (たちやざ)
中世,京都にあった太刀販売の座。戦国期の太刀づくりは,美濃の関を中心として東は駿河の島田,若狭の小浜,加賀の能美,越中の宇津,越後の桃川,西は備中の水田・青江,備後の三原,安芸の入西,筑後の大石・三池,肥後の菊池,薩摩の波平,豊後の高田朽網郷,阿波の海府が知られた。それぞれ地方での需要をまかなうほか,京都に集中されて販売された。例えば奈良の刀細工の座は興福寺,東大寺を本所とし,輸出用や奈良で使用される武器を製造している。京都での太刀販売は太刀屋座が行った。1521年(大永1)12月,太刀屋座中と太刀屋七郎左衛門尉宗次が,それぞれ太刀商売の続行とそれに対する安堵を求めて幕府に訴えた文書には,〈先代の奉書の筋目に任せて〉とあり,代々将軍家から奉書をもらい,販売権を安堵されていたことがわかる。おそらく室町期,諸座が保障安堵されたときに太刀屋座も承認されたのであろう。1552年(天文21)12月,太刀屋広野与三左衛門久吉は,将軍御用の太刀を調進していることを理由に店屋の諸商売の課役免除を願い出ている。これによって太刀屋は太刀を公役として調進するかわりに,課役免除の特権を得ていたことが考えられる。京都の太刀屋座は全国で作製された太刀を集荷し,将軍家の保護を受けつつ国内向けに売る一方,日明貿易の輸出品として大量に出荷していた。
執筆者:田端 泰子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報