デジタル大辞泉
「妙法華寺」の意味・読み・例文・類語
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みょうほっけ‐じメウホッケ‥【妙法華寺】
- 静岡県三島市玉沢にある日蓮宗の本山。山号は経王山。弘安七年(一二八四)日昭が鎌倉に創建し、天文七年(一五三八)兵火で焼失後、越後、伊豆に移り、元和七年(一六二一)現在地に再興。通称玉沢寺。
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
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妙法華寺
みようほつけじ
[現在地名]三島市玉沢
箱根山麓にある日蓮宗寺院。山号は経王山、本尊は十界大曼荼羅。開山は日蓮の弟子日昭。寺伝によれば、弘安五年(一二八二)の日蓮没後、風間信昭が日昭(工藤祐経の孫と伝える)の建てた鎌倉浜土法華堂の傍らに日昭を開山として妙法華寺を建立(寺地は祐経の邸跡と伝える)したという。延文―康安(一三五六―六二)頃地震による被害をこうむり鎌倉材木座に移転した。天文年間(一五三二―五五)の初め頃鎌倉は北条氏・上杉氏の戦乱の地となったため、難を避けて当寺の末寺だった越後国村田(現新潟県和島村)妙法寺に移る。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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妙法華寺
みょうほっけじ
静岡県三島(みしま)市玉沢(たまざわ)にある日蓮(にちれん)宗本山。経王(きょうおう)山と号する。本尊は十界曼荼羅(じっかいまんだら)。1284年(弘安7)六老僧の1人、日昭(にっしょう)によって鎌倉に建立され(弘延山法華寺)、その後、越後(えちご)(妙法寺)、伊豆加殿(いずかどの)(妙国寺)に移り、1621年(元和7)現在の地に移転した。移転については養珠院お万の方(徳川家康側室)らの支援を受けた。寺宝の絹本着色日蓮上人(しょうにん)像(説法図)、絹本着色十界勧請(かんじょう)大曼荼羅(絵曼荼羅)、日蓮自注『注法華経(ほけきょう)』10巻、日蓮筆『撰時(せんじ)抄』五巻が国重要文化財に指定されている。学僧を輩出し、玉沢(たまざわ)学派、境師(きょうし)門流とよばれた。
[田村晃祐]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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