幼児の守りをするときにうたわれる歌。子どもを眠らせたりあやしたりするときにうたうのは人類に共通の行動の一つであるが,その表現法は詳細にみれば文化によって多様であり,その機能,歌う人の立場,歌詞の内容などによっていくつかのタイプに分けられる。さらに伝統的な民謡の一種としての子守歌と,新たに創作されたものとがあるが,ここでは前者を中心に述べる。
日本では江戸時代の子守歌に,(1)〈寝させ歌〉(ねんねのおもりはどこへいた……),(2)〈目さめ歌〉(お月さま幾つ……),(3)〈遊ばせ歌〉(うさぎうさぎ,なにょ見てはねる……)の3種が数えられていた(行智《童謡集》1820ころ)。今日子守歌は一般に〈眠らせ歌〉と〈遊ばせ歌〉に二大別され,後者の中に〈目さめ歌〉や〈まじない歌〉が含められる。そして〈子守くどき〉のような,かつて職業的な子守娘によってうたわれた民謡の一種は第3のタイプと考えることができる。
西洋の子守歌には一般に,(1)〈ゆりかごの歌cradle song〉(フランス語berceuse,ドイツ語Wiegenlied)と(2)〈眠らせ歌lullaby〉(イタリア語およびルーマニア語ninna-nanna,スペイン語arrulloおよびnana)の2種の呼び名がある。前者は母親が文字通りゆりかごをゆっくりとリズミカルに揺すって幼児をあやす歌であり,後者は〈アルールー〉〈ララーラー〉〈ドードー〉〈ナーナー〉〈ナニーナニー〉〈ニンニー〉のような意味のない音節群を反復する歌を意味する。このタイプは日本の〈ねんねんころりよ……〉とか〈オロロンコロロン〉のような句やアイヌの子守歌に聞かれる〈ホロロロ……〉や〈オホ,ルル,オホヘ〉の句と同類で,同じ音節句を際限なく繰り返して子どもの眠りを誘うという実際的な効果以前に,太古における鎮魂・除厄の呪術的な機能のなごりと解釈することができる。この種の子守歌ではこれら反復句の間にそのときどきに思い浮かんだ言葉を即興的に投入してうたわれることが多い。
歌詞の内容をみると,〈坊やはよい子だねんねしな〉に代表される,母親がわが子を褒めて,おとなしく眠れば褒美を与えることを約束するという,安眠を誘う句が多いのは当然だが,他に遠くへ狩りや航海または出稼ぎに行った父親の不在をうたう句も少なくない。そしてこれが夫恋いの歌になったり,自身の心の屈折をそれとなく他人に聞かせる意図をもった歌へと発展する。また日本の〈ねんねん唱名常懺悔(しようみようじようざんげ)……〉に見られるような宗教歌の一節が入ったものや,教訓歌,そして歴史的な叙事詩や民話が歌い込まれる場合もある(ミクロネシアなど)。
特異な歌詞をもつ子ども歌として特に日本に多いのは,〈面の憎い子はまな板にのせて,青果切るよにザクザクと〉の例に代表される貧しい出稼ぎの子守娘が奉公先の泣く子を脅かす歌である。このタイプはさらに〈守りが憎いとて破れ傘くれて,かわい嬢(いと)さん雨ざらし〉に見られるような,奉公先の冷たい仕打ちを恨んだり皮肉ったりする句をもつ〈子守くどき〉に発展した。このような子守歌はもはや単なる眠らせ歌や遊ばせ歌ではなく,労働の辛さを歌にまぎらす仕事歌であって,民謡の一種である。
音楽的側面から見ても子守歌は概して他の民謡と旋律構造やリズムの基本的な特徴を同じくするものが多いが,一般的に無伴奏で遅いテンポで静かに独唱されるものが多いのは論をまたない。西洋の子守歌は概してゆりかごを静かに揺するリズムが基本にあり,これが3/4拍子ないし6/8拍子で表現されることが多い。西アジアや地中海域では無拍のリズムでうたわれる子守歌も少なくない。
近代の西洋古典音楽では伝統的な子守歌の音楽的な特徴を盛り込んだ作品が〈子守歌〉の題のもとに数多く作曲されている。フリースBernhard Flies(1770ころ-?。かつて〈モーツァルトの子守歌〉とされていた曲の作曲家),F.シューベルト,ブラームス,M.レーガーらによる歌曲とともに,ショパン,リスト,グリーグ,ドボルジャークらのピアノ独奏曲も有名である。
執筆者:柘植 元一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
乳幼児の守(も)りをしたり眠らせるときの歌。乳幼児にとって子守歌は、物心つかないうちから音声と肉体的刺激によって、音楽・文芸・身体運動などの文化的に規定されたパターンを受け入れる重要な事象である。まず第一に、母親や他の子守役(雇われた人など)が、腕・膝(ひざ)・背に抱いたり(負ったり)、揺り籠(かご)に入れて揺らす動きそのものが、それぞれの歌のリズムのあり方をある程度決定する。西洋の子守歌に3拍子が存在するのは、揺り籠を利用することと無関係ではない。歌詞として含まれることが多いのは、「ねんね」「眠れ」の類のことばで、これらは冒頭・くぎり・終止の部分で反復されて、歌の全体に統一感を与えている。歌い込まれる歌詞内容としては、たわいなく子供をあやすことばや、音節の反復、眠りに誘うための甘言やほめことば、逆に恐ろしい懲らしめのことばである。脅しや恨みが述べられる例は日本に多い。またオセアニアでは、村の歴史的な事件や家系をたどる史譚(したん)子守歌が広く分布している。その場合、歌詞は子供に聞かせるというよりも、無文字社会の大人が歴史を記録する意味合いが強く、一定の音型ないし旋律型を長時間反復することによって子供を眠りに誘う場がつくりあげられている。
欧米では、民謡から編曲したり、新たに作曲した子守歌が歌曲あるいは器楽曲として残されている。たとえば、モーツァルト(実際にはB・フリース作曲)、シューベルト、ブラームスの歌曲が有名であるし、ショパン、フォーレがピアノ曲をつくっている。
[山口 修]
日本民謡においては、乳飲み子を子守するおりの仕事唄(うた)の一つに分類される。子守仕事は、赤ん坊を寝かせるためと、あやすための二つに大別され、唄のほうも「眠らせ唄」と「遊ばせ唄」の二つに分けることができる。「眠らせ唄」は、ことばが通じるか通じないかの相手に安心感を与えるべく歌うため、「ねんねんよう」といったことばに多少の抑揚を加えたものが本来の形であり、今日も広く歌われている『江戸子守唄』(ねんねんころりよおころりよ、坊やのお守はどこへ行った、あの山越えて里へ行った、里の土産(みやげ)に何もろた、デンデン太鼓に笙(しょう)の笛……)が日本中に広まったのは江戸時代に入ってからのことである。一方「遊ばせ唄」は、子供を楽しく遊ばせるためのものだけに、七五調を繰り返して、それを必要なだけ続け、そこに歌い手である子守の目に映るものを並べてゆく形が多い。そのため、「眠らせ唄」に比べると曲は抑揚が大きく、歌詞に出てくるものにも動きがある。
これら赤ん坊の身内の人が歌うものと別に、子守奉公に雇われた少女が、労働としての子守で歌ってきたものがある。この種のものは、いずれも子守の出身地の農作業唄か酒盛唄を借用し、歌詞だけが子守女の創作である。歌詞の創作に2種の傾向があり、一つは福岡県の『博多(はかた)子守唄』(うちの御寮(ごりょん)さんながらがら柿(がき)よ、見かけよけれど渋ござる)に代表される、子守が居直って雇い主の悪口を歌うもの。もう一つは熊本県の『五木(いつき)の子守唄』(おどま勧進(かんじん)勧進あん人達(たち)よか衆(し)、よか衆よか帯よか着物(きもん))のように、子守女が境遇を嘆くことでわが身を慰めるものである。そしてこの子守奉公の唄と「眠らせ唄」が、日本の子守歌のなかで今日も人気がある。
[竹内 勉]
『松永伍一著『日本の子守唄』新装版(1978・紀伊國屋書店)』
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