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子安峻 こやすたかし

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

子安峻
こやすたかし

[生]天保7(1836).1.2. 大垣
[没]1898.1.15. 東京
明治期の新聞・出版経営者。大村益次郎に蘭学を,佐久間象山に砲術を学んだ。明治維新後は新政府に仕え,神奈川裁判所に通訳翻訳方として勤めるかたわら,明治3 (1870) 年の『横浜毎日新聞』の創刊にも一役買った。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

子安峻 こやす-たかし

1836-1898 明治時代の新聞経営者。
天保(てんぽう)7年1月2日生まれ。佐久間象山(しょうざん)らに蘭学をまなび,維新後,外務省翻訳官となる。明治3年本野盛亨(もとの-もりみち)らと印刷所を設立し,「英和字彙」を出版。7年この設備をもとに「読売新聞」を創刊し,初代社長となった。のち日銀初代監事。明治31年1月15日死去。63歳。美濃(みの)(岐阜県)出身。号は悟風。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

子安峻

没年:明治31.1.15(1898)
生年:天保7.1.2(1836.2.18)
明治時代の新聞経営者,実業家。幼名は鉄五郎。大垣藩(岐阜県)藩士子安宗茂,まきの長男。佐久間象山,大村益次郎らに英語,蘭学を学ぶ。幕府や明治政府で通訳などを勤め,明治3(1870)年,本野盛亨,柴田昌吉らと横浜弁天町に活版印刷所・日就社を設立。6年柴田と共著の『附音・挿図 英和字彙』を発行。7年11月日就社より『読売新聞』を創刊。また13年に貿易会社扶桑商会を設立するなど実業界でも活躍。22年『読売新聞』から離れ,26年に『いさみ新聞』を創刊した。<参考文献>『読売新聞百年史』,西田長寿『日本ジャーナリズム史研究』,竹内繁『読売新聞の創始者子安峻』

(井川充雄)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

こやすたかし【子安峻】

1836‐98(天保7‐明治31)
明治期の新聞・出版経営者。《読売新聞》の初代社長。岐阜大垣藩士として生まれる。幕府に仕えたのち,維新とともに新政府に出仕。1870年(明治3)本野盛亨,柴田昌吉とともに印刷会社日就社を設立し,ここから73年《英和字彙》を編纂発行。その資材をもとに74年11月《読売新聞》を創刊し,89年まで社長をつとめた。庶民むけの平易な内容の新聞編集に心がけたため,《読売新聞》は明治10年ころには東京で最大の部数に成長した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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