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安藤為章 あんどうためあきら

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

安藤為章
あんどうためあきら

[生]万治2(1659).5.23. 丹波
[没]享保1(1716).10.12.
江戸時代中期の古学派の儒学者,国学者。水戸藩に仕える。著書『年山紀聞』『紫女七論』。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

安藤為章 あんどう-ためあきら

安藤年山(あんどう-ねんざん)

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世界大百科事典 第2版の解説

あんどうためあきら【安藤為章】

1659‐1716(万治2‐享保1)
江戸中期の儒学者,国学者。丹波の人。通称は右平,のち新介,号は年山。父定為および野宮定基中院通茂に従い和漢の学を修める。初め伏見宮に仕えたが,のち水戸光圀に招かれ《大日本史》《礼儀類典》の編纂に参与。また,光圀の命を受け《万葉集》の注釈につき難波にたびたび契沖を訪れた。考証に優れた才を発し,その著《紫女七論》紫式部伝の科学的研究の先駆として名高い。【南 啓治】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

安藤為章
あんどうためあきら
(1659―1716)

江戸中期の国学者。初め為明。通称は右平、のち新介。年山と号した。丹波(たんば)国(京都府)の人。和歌を中院通茂(なかのいんみちしげ)(1631―1710)に、儒学を伊藤仁斎(いとうじんさい)に学んだ。兄為実(ためざね)(1654―1717)とともに水戸の徳川光圀(とくがわみつくに)に招かれ、彰考館の寄人(よりうど)として『大日本史』や『礼儀類典』などの編纂(へんさん)にあずかる。光圀の命によって難波(なにわ)(大阪府)の契沖(けいちゅう)の指導を受け、考証学者として一家をなした。『紫女七論(しじょしちろん)』は紫式部の伝記研究の先駆として注目すべき著述であり、ほかに『栄華(えいが)物語考』『宇津保(うつぼ)物語考』や随筆『年山紀聞(ねんざんきぶん)』などがある。[秋山 虔]

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