コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

安達憲忠 あだち けんちゅう

2件 の用語解説(安達憲忠の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

安達憲忠 あだち-けんちゅう

1857-1930 明治-大正時代の社会事業家。
安政4年8月3日生まれ。岡山の遺芳館にまなび,新聞記者として自由民権運動に参加。明治24年東京市養育院院長渋沢栄一のすすめで同院幹事となる。里親制度の開拓や伝染病の隔離療養など同院の改革のほか,無料宿泊所の創設などにつくした。昭和5年12月2日死去。74歳。備前(岡山県)出身。著作に「窮児悪化の状況」「貧か富か」。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

あだちけんちゅう【安達憲忠】

1857‐1930(安政4‐昭和5)
明治・大正期の社会事業家。岡山の人。幼くして母と死別,遠戚の天台宗寺院で育ち,仏教を修める一方,藩校で経学を学ぶ。新聞記者として自由民権運動にたずさわり,岡山自由党四天王の一人と称され,集会条例違反で入獄したこともある。その後上京し,1888年東京府に奉職,92年養育院幹事となる。1919年退職するまで,渋沢栄一養育院院長の補佐役として,井之頭学校,安房分院,巣鴨分院,板橋分院の創設等にかかわり,養育院の発展に尽力した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

安達憲忠の関連キーワード前田慧雲楽弘入ストックブリッジ杵屋弥三郎(5代)栗田勤新城猪之吉豊竹呂太夫(2代)中原淳蔵山下千代雄大和杢右衛門

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone