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宗教史学派 しゅうきょうしがくはReligionsgeschichtliche Schule

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

宗教史学派
しゅうきょうしがくは
Religionsgeschichtliche Schule

キリスト教神学,特に聖書学に関する一学派。キリスト教がほかの宗教から卓越した特殊な啓示宗教であるとの前提に立たないで,これをほかと同列の一宗教現象として取扱い,一般の比較宗教史の批判的研究方法を適用して,聖書の宗教を周辺のアッシリアバビロニア,エジプト,東方密儀宗教などの文化,社会,歴史などの条件と関連させながら,その成立を解明しようとした。 19世紀末から第1次世界大戦にかけて特にドイツで盛んであり,J.ワイス,E.トレルチ,J.グンケル,W.ウレーデ,W.ブセットらの学者を輩出し,M.ディベリウス,R.ブルトマンらの福音書の様式史的研究に影響を与えた。 1920年代以降教義学からの反対もあるが,その聖書学に対する貢献は甚大である。

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世界大百科事典 第2版の解説

しゅうきょうしがくは【宗教史学派 religionsgeschichtliche Schule】

1880年代の終りに,古代キリスト教を宗教史的方法によって解明しようとしてドイツの一群のプロテスタント神学者が始めた学問的運動とそのサークル。代表者は年長順に,アイヒホルンA.Eichhorn,ウレーデW.Wrede,ライツェンシュタインR.Reitzenstein,グンケル,ブセット(ブーセ)W.Bousset,トレルチなど。彼らは宗教への内的共感から宗教の生きた発展の姿をとらえようとする宗教史的方法をとくに原始キリスト教に適用し,その祭儀や思想の奥にある霊的・内的敬虔としての宗教性が周辺の世界の宗教に連なることを文献学的に究明しようとした。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

宗教史学派
しゅうきょうしがくは

おもにゲッティンゲン大学を足場に、19世紀末から1920年代ごろにかけて活動した聖書学者たちの一派。アイヒホルン(1856―1926)、グンケル(1862―1932)、ブーセット(1865―1920)、バイス(1863―1914)、グレスマン(1877―1927)らがおもな人物で、トレルチ(1865―1923)はその理論家といわれる。それまでの聖書文献批評の成果を踏まえ、旧約、新約の宗教を先行文化や環境世界の宗教(バビロニア神話やヘレニズム世界の諸宗教など)と関連づけてとらえようとした。こうした基本的視点や、その提起した聖書資料の伝承、編集などの諸問題は、今日なお重要な意義をもっている。[田丸徳善]

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世界大百科事典内の宗教史学派の言及

【聖書学】より

…神学は,以上の成果を基に思想の系統的叙述を行う。19世紀末,ウェルハウゼンは,文献資料を発展史観によって並べかえてイスラエル宗教史として再構成し,旧約学の祖となったが,そのころから数多く発見された資料に照らし,環境世界と旧約聖書との有機的把握を主張した宗教史学派(代表H.グンケル)が20世紀初頭より主流を成した。M.ウェーバーの《古代ユダヤ教》は社会学的構造連関を明らかにし,ラートGerhard von Rad(1901‐71)の《旧約聖書神学》と《イスラエルの知恵》は,イスラエル的思考の特質をまとめ,その後の学的討論の踏台を成した。…

【モダニズム】より

… ドイツのプロテスタントでは,シュライエルマハーからK.バルト以前までの神学を広く近代主義神学と呼ぶが,ここでは自由主義神学のほうが一般的名称である。ただし狭い意味での自由主義はD.F.シュトラウス,ビーダーマンA.E.Biedermann(1819‐85)のように教義を解消していくもの,および19世紀の終りに登場する宗教史学派(聖書学者に多いが体系的にはE.トレルチが代表する)にみられる。シュライエルマハーは敬虔主義に連なって,教義中心の正統主義を批判し,キリスト教を宗教論と信仰論としてとらえ直すことに努めた。…

※「宗教史学派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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