デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「宝山文蔵」の解説
宝山文蔵(16代) ほうざん-ぶんぞう
文政3年生まれ。京都粟田(あわた)焼。青蓮院宮(しょうれんいんのみや)の御用をつとめ,安政4年「泰平」の号と印をあたえられる。晩年は粟田口から五条坂にうつった。明治22年10月29日死去。70歳。姓は雲林院。屋号は茶碗屋。
宝山文蔵(9代) ほうざん-ぶんぞう
京都粟田(あわた)焼。粟田天王社(現粟田神社)の神職をかねる。大和(奈良県)宝山寺より宝山の号をおくられ,以後,代々宝山を窯印とした。享保(きょうほう)8年8月死去。姓は雲林院。通称は安兵衛。屋号は茶碗屋。
宝山文蔵(15代) ほうざん-ぶんぞう
京都粟田(あわた)焼。13代宝山文蔵の長男。14代となった弟が早世したため,跡をつぐ。永楽保全らの弟子をそだてた。天保(てんぽう)13年12月死去。姓は雲林院。通称は熊之助。屋号は茶碗屋。