宝山文蔵(読み)ほうざん ぶんぞう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「宝山文蔵」の解説

宝山文蔵(16代) ほうざん-ぶんぞう

1820-1889 幕末-明治時代陶工
文政3年生まれ。京都粟田(あわた)焼。青蓮院宮(しょうれんいんのみや)の御用をつとめ,安政4年「泰平」の号と印をあたえられる。晩年粟田口から五条坂にうつった。明治22年10月29日死去。70歳。姓は雲林院屋号は茶碗屋。

宝山文蔵(9代) ほうざん-ぶんぞう

?-1723 江戸時代前期-中期の陶工。
京都粟田(あわた)焼。粟田天王社(現粟田神社)の神職をかねる。大和(奈良県)宝山寺より宝山の号をおくられ,以後,代々宝山を窯印とした。享保(きょうほう)8年8月死去。姓は雲林院。通称安兵衛。屋号は茶碗屋。

宝山文蔵(15代) ほうざん-ぶんぞう

?-1843* 江戸時代後期の陶工。
京都粟田(あわた)焼。13代宝山文蔵の長男。14代となった弟が早世したため,跡をつぐ。永楽保全らの弟子をそだてた。天保(てんぽう)13年12月死去。姓は雲林院。通称は熊之助。屋号は茶碗屋。

宝山文蔵(11代) ほうざん-ぶんぞう

?-1769 江戸時代中期の陶工。
京都粟田(あわた)焼。名工として知られた。弟子に青木木米(もくべい),2代高橋道八らがいる。上田秋成にも陶法を指導したという。明和6年11月死去。姓は雲林院。屋号は茶碗屋。

宝山文蔵(初代) ほうざん-ぶんぞう

雲林院文蔵(うんりんいん-ぶんぞう)(初代)

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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