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客車 カクシャ

7件 の用語解説(客車の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

かく‐しゃ【客車】

きゃくしゃ(客車)」に同じ。
「普通の―でも」〈漱石・満韓ところどころ〉

きゃく‐しゃ【客車】

鉄道で、乗客を乗せるための車両。かくしゃ。

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百科事典マイペディアの解説

客車【きゃくしゃ】

旅客,郵便物,手・小荷物などを積載する鉄道車両で,自身動力をもたないもの。皇室用客車営業用客車事業用客車に大別する。営業用には寝台車,座席車,食堂車,サロン車などがある。

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世界大百科事典 第2版の解説

きゃくしゃ【客車 passenger car】

旅客,郵便物,手・小荷物などを輸送するための鉄道車両で,自力走行に必要な動力装置をもたず,もっぱら機関車によって牽引されるものをいう。旅客輸送を主目的とした本格的な鉄道は1830年イギリスリバプールマンチェスター間に開業したのが始まりであるが,その当時使用された客車は2軸のきわめて小型のものであった。この2軸の形態は,イギリスをはじめとするヨーロッパ諸国では19世紀の終りまで客車の主流となっていたが,一方,カーブが急で軌道の敷設も簡易であったアメリカにおいては,2軸車では走行が困難なことから早くからボギー車が利用されていた。

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大辞林 第三版の解説

かくしゃ【客車】

きゃくしゃ(客車) 」に同じ。 「一二等の-には厚いクッションを敷き/思出の記 蘆花

きゃくしゃ【客車】

〔明治中期まで「かくしゃ」とも〕
鉄道で旅客を運ぶ車両。一般に、機関車で牽引けんいんされる車両をさす。
賓客の乗った車。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

客車
きゃくしゃ
passenger coach

鉄道車両のうち、旅客・郵便物・手小荷物などを輸送する車両。広義には、動力装置をもって自走する電車やディーゼル動車などの動力客車(この場合、動力をもたない中間車両を付随車という)を含むが、狭義には、動力をもたず、機関車に牽引(けんいん)される客車をさす。ここでは狭義の客車を中心に記述する。[西尾源太郎・佐藤芳彦]

種類

現在、海外では客車は旅客輸送の主力となっているが、日本では長距離も含めて旅客輸送は、電車およびディーゼル動車にほとんど置き換わり、客車列車として残っているのは、イベント列車および事業用のみである。とくに電車の増強に伴って、客車の製造はほとんど行われておらず、2015年(平成27)6月時点で、JRの客車保有は174両である。これに対し電車は1万8002両、新幹線電車は4832両、ディーゼル動車は2205両となっている。
 JRでは、一般用客車は普通車とグリーン車の2等級になっている。この区別は、1969年(昭和44)までは普通車は2等車、グリーン車は1等車と称されていた。さらにさかのぼって1960年以前には3等級制であった。等級を意味する客車の記号に3等級時代、1等はイ、2等はロ、3等はハという記号をつけていた。その名残(なごり)でいまでも普通車にはハ、グリーン車にはロがつけられている。ちなみに、イの記号は1950年製造の車両以降は使用されていなかったが、2013年に運行を開始した九州旅客鉄道(JR九州)の豪華観光寝台列車「ななつ星 in 九州」で復活した。また、西日本旅客鉄道(JR西日本)の「TWILIGHT EXPRESS 瑞風(トワイライトエクスプレスみずかぜ)」にも使われている。なお、一部の鉄道会社では、グリーン車よりも上位のサービスを提供する特別車両「グランクラス」が導入されているが、新幹線電車のため記号はない。
 世界各国でも、先進国では2等級制であるが、3等級制を採用している国もある。中国では軟座車・硬座車という名前で区別する2等級制をとっている。インドはスタンダード、冷房座席、3段寝台、冷房3段寝台、冷房2段寝台、個室寝台等の設備別の等級を設けている。
 客車には座席車と寝台車のほかに、食堂車、サロン車、荷物車、電源車などのサービス車がある。外国にはラウンジ車、食堂車に併結される厨房(ちゅうぼう)車(キッチンカー)などもある。「寝台車」および「食堂車」については、それぞれの項目を参照されたい。[西尾源太郎・佐藤芳彦]
座席車
中央廊下式の開放室形と、4~8人を1室単位とする区分室形(コンパートメント)がある。後者がイギリスで鉄道創業時代から採用された原形で、駅馬車スタイルからの変形である。客車が英語でcoach(客馬車)とよばれるのもこのためである。明治時代の初め、日本の鉄道揺籃(ようらん)期の客車もイギリス風の区分室式で、車両の側面にそれぞれの区分室ごとに扉があって、そこから乗降する客車が使われていた。19世紀末ころからイギリスやヨーロッパ大陸鉄道で区分室形客車内に通路を設ける側廊下式が採用されるようになり、それぞれの区分室ごとの扉を設けたものと、扉をなくしたものが並行して使われていたが、第一次世界大戦以後は扉をなくしたものが多数派となった。ドイツのICE(イーツェーエー)などでは同じ車両内に開放室形と区分室形を設けている例もある。また、都市近郊鉄道用には最初から中央廊下式の開放室形が使用されている。アメリカでは創業当初から、開放室形の客車を使用してきた。
 ヨーロッパ式は車両も昔のものは短小で馬車のような四輪車であった。日本でも明治年代の初期につくられた客車の多くはヨーロッパ風の四輪車で、「マッチ箱」と後年よばれた。しかし1880年(明治13)に開通した北海道の鉄道はアメリカ人の技術指導によって計画されたため、開放室形のボギー客車が最初から使われた。その代表的なものは、鉄道記念物に指定されている「開拓使号」客車である。なお、開拓使号客車は、現在、埼玉県さいたま市の鉄道博物館に保存展示されている。
 中央廊下式の開放室形客車は座席配置によって2種類ある。窓に沿って座席のあるロングシートと、2人または3人分の座席が窓と直角に設けられるクロスシートである。車体幅の狭いもの、あるいは優等車にロングシートのものもあったが、クロスシートが一般的である。通勤列車用として、クロスシートばかりでなくロングシートを混ぜたセミクロスシートが使用されている。欧米の近郊用客車はクロスシートが基本であり、座席数を増やすために2階建てとしたものも広く使われている。[西尾源太郎・佐藤芳彦]
荷物車
係員が乗車して停車駅ごとに積み下ろしをするもの、終点駅まで締切り扱いのもの、パレット積みのもの、また銀行の現金輸送を受託する専用車などの荷物車がある。郵便車も、移動郵便局のような取扱車と、行嚢(こうのう)をまとめて積み込むものとがある。日本では荷物車のサービスは廃止されているが、海外では広く行われている。ベニス・シンプロン・オリエント急行Venice Simplon-Orient-ExpressやアムトラックAmtrak(全米鉄道旅客輸送公社)の列車のようにチェックインした荷物を荷物車に積載して、目的地で旅客に引き渡すシステムを採用しているものもある。[西尾源太郎・佐藤芳彦]
重量による区分
日本においては、客車には重量を示す標記として、重いほうからカ、マ、ス、オ、ナ、ホおよびコの記号が5トン刻みで冠せられ、機関車の性能にあわせて客車列車の編成を決めるために使われている。たとえばオは自重(定員乗車時の重量)32.5~37.5トンを意味し、オハ50であれば、「自重約35トン、普通車(ハ)、一般型客車(5)、2軸ボギー車(0)」であることが意味づけられている。[西尾源太郎・佐藤芳彦]

客車の構造

車体は、台枠、柱骨、外板、内装および屋根から構成される。最初はすべて木製であったが、やがて車体全体の強度を支える台枠が鋼製となった。しかし、長い間使用していると車体がひずみ、衝突事故や火災に対しても弱かったので、柱骨と外板を鋼製とした半鋼製車、屋根や内装まで鋼製とした全鋼製車がつくられるようになった。日本では1925年(大正14)から骨組みと外側は鋼製、内装は木張りとした半鋼製車になった。欧米では半鋼製車ではなく、屋根まで鋼製としたものが製造され、内装は木や鋼板が使用された。日本では1955年(昭和30)に登場した軽量化客車から全金属製となった。鋼製の外板と柱骨は一体張殻構造(いったいちょうかくこうぞう)といって、床台枠といっしょに全体が強度部材になるような構造(軽量化設計)が採用され、内装もアルミニウム板にメラミン・プラスチックを焼き付けしたメラミン化粧板となり、窓枠も木からアルミニウムとなって、火災防止が図られた。それ以前の台枠は魚腹形(ぎょふくかた)、あるいは長土台(ながどだい)にターンバックル式トラスを張ったものなどが用いられた。鋼体と柱骨との接合も半鋼製車の出た当初は鋲(びょう)(リベット)止めであったが、1935年ごろからは溶接技術が発達して、全溶接構造に移行した。製造コストの面から鋼製車が多いが、通勤電車等にステンレス車体が普及しコストが下がってきたことから、JR東日本のカシオペアはステンレス車体を採用している。海外ではステンレスやアルミニウム車体を採用しているものもある。
 屋根は、1900年(明治33)初めにはモニター式という明かり窓のある2段屋根、さらに1935年(昭和10)ごろからは現在のような丸屋根となった。昔のものは木製または鋼製の骨組みに板張りしたものであったので、防水のためにルーフィング布を上敷きし、アスファルトで目地を埋めていた。1955年から屋根板も鋼製で車体と一体の構造になり、屋根布は省略された。外板と内装板の間にはガラス繊維、石綿(アスベスト)などの断熱・遮音材料が充填(じゅうてん)された。その後、1990年代からアスベストは使用されなくなっている。
 台車は高速運転でも乗り心地のよいように3軸ボギー台車が採用されたこともあるが、軌道構造が強化された現在は2軸ボギー台車を使用している。日本では空気ばねが広く用いられている。
 客車の連結部分は、災害発生時の安全対策として耐火ガラス入りドアと貫通ほろを設けてある。また連結装置は自動連結器と緩衝器とを組み合わせて、列車の引き出し時、ブレーキ作用時にショックを緩和し、連結がつねに安全を保つように設計されている。カシオペアは電車と同じ密着式自動連結器を採用し、ショックを緩和している。
 ブレーキ装置は貫通式の空気ブレーキ装置が用いられているが、外国では、貫通式の真空ブレーキを使っている客車もある。カシオペアは電気指令式空気ブレーキを採用し、ブレーキ動作時のショックを緩和している。
 なお、座席数あるいは寝台数を増やしたり眺望をよくしたりするため、2階建てまたはハイデッカー構造を採用したものもある。日本のカシオペア、アメリカやドイツ、フランスなどの通勤列車、大陸横断用ドームカーなどである。[西尾源太郎・佐藤芳彦]
照明と冷暖房
客室の照明には「マッチ箱」客車時代は油灯、ガス灯を屋根の上から吊(つ)り下げていたが、車軸の回転から発電して電灯照明する技術が1900年(明治33)から採用され、灯具も白熱灯からやがて蛍光灯になった。1958年(昭和33)に登場した固定編成式特急列車では電源車を連結して、照明のみならず冷暖房から各種のサービス用電力をまとめて供給するようになった。また、1969年に登場した12系客車からは数両ごとにディーゼル発電機を設けて、サービス用電力を供給している。50系客車は1977年に登場したが、冷房装置を搭載していなかったので、車軸発電機から冷房装置に電力を供給している。
 暖房は、「マッチ箱」時代はなにもなく、上等車では湯たんぽを車掌が乗客に配った。その後、石炭ストーブが採用され、さらに蒸気機関車から供給される蒸気暖房になった。電気機関車やディーゼル機関車のときは暖房車が連結された。暖房車も事業用客車に属する。その後、機関車に搭載可能な小型の蒸気発生装置が開発され、電気機関車やディーゼル機関車にも、暖房用の蒸気発生装置を装備して、それから蒸気を供給するようになった。また全線電化区間を走る客車には電気暖房器を腰掛の下に装備していた。その後、電動式の冷房装置が使用され、これに換気の機能も加えた空気調節装置が、急行・特急用の客車に設備されるに至った。電源としては、客車個々に小さなディーゼル機関発電機を搭載する方式と、機関車または電源車から供給する方式とがある。[西尾源太郎・佐藤芳彦]
『岡田直昭・谷雅夫著『新版国鉄客車・貨車ガイドブック』(1978・誠文堂新光社) ▽久保田博著『鉄道車両ハンドブック』(1997・グランプリ出版) ▽久保田博著『日本の鉄道車輌史』(2001・グランプリ出版) ▽日本の客車編さん委員会編『日本の客車――写真で見る客車の90年』復刻版(2010・電気車研究会)』

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