富士田吉治(読み)フジタ キチジ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「富士田吉治」の解説

富士田 吉治(4代目)
フジタ キチジ


職業
長唄三味線方

本名
上松 須寿子

生年月日
明治40年

経歴
7代目富士田千蔵の妻で、昭和40年4代目吉治を襲名した。

没年月日
昭和52年 3月10日 (1977年)

家族
夫=富士田 千蔵(7代目)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

百科事典マイペディア 「富士田吉治」の意味・わかりやすい解説

富士田吉治【ふじたきちじ】

長唄唄方の芸名。4世まであった。初世〔1714-1771〕は,もと一中節の太夫。のち長唄に転じた。名人といわれた美声持主で,唄浄瑠璃と呼ばれる長唄の一分野を拡充した。また《鷺娘》《吉原雀》などの名作を残し,浄瑠璃との掛合という演奏形式を始めるなど,数々の新機軸を生み出した。一時,吉次を名乗る。

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20世紀日本人名事典 「富士田吉治」の解説

富士田 吉治(4代目)
フジタ キチジ

昭和期の長唄三味線方



生年
明治40(1907)年

没年
昭和52(1977)年3月10日

本名
上松 須寿子

経歴
7代目富士田千蔵の妻で、昭和40年4代目吉治を襲名した。没後その名跡は絶えた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「富士田吉治」の解説

富士田吉治(初代) ふじた-きちじ

1714-1771 江戸時代中期の長唄唄方。
正徳(しょうとく)4年生まれ。初代都太夫(みやこだゆう)和中から一中節をまなび,また歌舞伎役者佐野川万菊に入門,女方をつとめた。のち一中節の太夫となり2代都太夫和中をつぐ。さらに長唄に転じて名をふじ田吉次郎から富士田吉次(のち吉治)と改名,「鷺娘(さぎむすめ)」などを作曲。明和8年3月29日死去。58歳。初名は佐野川千蔵。俳名楓江

富士田吉治(2代) ふじた-きちじ

1845-1919 明治-大正時代の長唄唄方。
弘化(こうか)2年10月7日生まれ。常磐津音羽太夫(ときわず-おとわだゆう)の子。はじめ6代富士田千蔵を名のったが,明治37年吉治の名跡を復活して2代富士田吉治を襲名した。大正8年4月19日死去。75歳。甲斐(かい)(山梨県)出身。本名は上松吉兵衛。

富士田吉治(4代) ふじた-きちじ

1907-1977 昭和時代の長唄三味線方。
明治40年生まれ。7代富士田千蔵の妻。昭和40年4代吉治を襲名。没後その名跡はたえている。昭和52年3月10日死去。70歳。本名は上松須寿子(すずこ)。

富士田吉治(3代) ふじた-きちじ

1877-1950 明治-昭和時代の長唄唄方。
明治10年生まれ。2代の娘。昭和25年6月11日死去。73歳。本名は上松たね。

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