デジタル大辞泉
「尹伊桑」の意味・読み・例文・類語
出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
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尹伊桑【いんいそう】
韓国出身の作曲家。日本で作曲を学んだのち朝鮮独立運動に参加。1956年に渡欧しパリとベルリンでブラッハーらに学び,管弦楽曲《礼楽(レアク)》(1966年)などで東洋・朝鮮の伝統音楽と西欧の前衛的手法を融合させた独自の多声音楽を確立。1967年,朴政権下の韓国中央情報部(KCIA)によりベルリンから連行され死刑を求刑されるが,ストラビンスキー,ブーレーズら世界の音楽家の救援活動と西ドイツ政府の尽力で1969年釈放。1971年西ドイツ国籍を得,1974年ベルリン高等音楽学校教授に就任。細川俊夫〔1955-〕ら日本人の弟子も多く,武満徹ら日本の音楽家とも交流を深めた。獄中で書かれた室内楽曲《イマージュ》(1968年),《チェロ協奏曲》(1976年),ホリガー夫妻により初演された《オーボエとハープのための二重協奏曲》(1977年),管弦楽曲《ムアーク》(1978年),同《光州よ永遠に!(範例)》《バイオリン協奏曲》(ともに1981年),5つの交響曲(1982年−1983年,1984年,1985年,1986年,1987年)など,晩年まで力動感みなぎる作品を書き続けた。
→関連項目交響曲
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世界大百科事典(旧版)内の尹伊桑の言及
【沈清伝】より
…《春香伝》と並んで最も愛好された李朝小説。1972年に尹伊桑(いんいそう)によってオペラ化され,ミュンヘンで初演,空前の反響を得,世界的に有名になった。板本に京版(ソウル),完版(全州)があり,写本も多種ある。…
※「尹伊桑」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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