屋我地島(読み)やがじしま

日本歴史地名大系 「屋我地島」の解説

屋我地島
やがじしま

本部もとぶ半島の北東に位置する面積七・七七平方キロの島。屋我やが饒平名よへな我部がぶ済井出すむいで運天原うんてんばるの五字で構成される。南は羽地はねじ内海に面し、西にワルミとよばれる海峡(運天水道ともいう)ならびに今帰仁なきじん村の運天港があり、沖縄島に近接している。最高点が標高五五・二メートルの低島であるが、沖縄県の多くの低島がサンゴ礁起源の琉球石灰岩で構成されるサンゴ島であるのに対して、屋我地島の地質の骨格は本部半島の中核部と同じ中生代の本部層(砂岩・粘板岩・石灰岩など)で構成され、大部分が砂礫台地と小起伏丘陵からなる台地島である。第四紀の琉球石灰岩は島の南側から西側に分布する。正保国絵図に「やが嶋」とみえ、島廻りは二里とある。元禄国絵図では「屋加嶋」、「ペリー艦隊日本遠征記」所載の地図にYAGADJI or LYRA I.(ヤガジまたはライラ島)とみえる。同治七年(一八六八)天然痘に感染した中国福州の役人がいたが、屋我地の医者が牛痘(種痘)で治した(「球陽」尚泰王二一年条)。島の人口は、一八八〇年(明治一三年)に一千七八〇人(県統計概表)、一九〇三年に二千四三一人(県統計書)、六〇年(昭和三五年)には三千六七一人、九五年(平成七年)国勢調査で二千三四一人。南東端の屋我地大橋(長さ三〇〇メートル)によって奥武おう(無人島で、オーともいう)と結ばれ、奥武島は羽地奥武はねじおう(長さ七七メートル)によって沖縄島と結ばれている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

デジタル大辞泉プラス 「屋我地島」の解説

屋我地島

沖縄県、沖縄本島北部今帰仁村(なきじんそん)の東に位置する島。行政的には名護市に属する。「やがじしま」と読む。島西部のワルミ大橋で本島と、北部の古宇利大橋で古宇利島と結ばれる。サトウキビパイナップル栽培が盛ん。

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世界大百科事典(旧版)内の屋我地島の言及

【名護[市]】より

…人口5万3955(1995)。市域は本部(もとぶ)半島基部から太平洋岸まで広がり,半島基部北側の羽地内海をへだてて浮かぶ屋我地島(面積7.7km2)を含む。東部には多野岳(383m),名護岳(345m)などの国頭(くにがみ)山地があり,北西部に八重岳(453m),嘉津宇(かつう)岳などがあって,山林が市域の半分以上を占める。…

※「屋我地島」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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