山口組分裂(読み)やまぐちぐみぶんれつ

知恵蔵の解説

山口組分裂

指定暴力団山口組傘下の有力団体が、山口組から離脱し新組織を2015年9月に結成したことを巡る騒動。離脱したのは兵庫県神戸市に本部を置く山健組など、山口組の有力2次組織13団体で、15年9月に同県淡路市に本部を置く「神戸山口組」と名乗る新組織を旗揚げした。離脱後の山口組構成員7千人に対して、新組織は傘下団体を含めて3千人とされ、1984年から5年間にわたった分裂抗争(山一抗争)のような事態となり、一般市民らが巻き添えとなる可能性が危惧される。
山口組は15年に沖仲士を集めた組織として神戸市で発足。敗戦後は3代目組長田岡一雄の采配で合法的な事業との並立によって業容を拡大、全国各地で対立抗争を起こしながら傘下の組織を広げていった。神戸市に本部を置き、各地の2次組織となる有力暴力団組長を直接の構成員として擁する組織形態をとる。暴力団対策法の指定暴力団で、3次組織以下の団体やそれぞれの準構成員も含め系列組織全体で構成員、資金量共に他を圧倒する日本最大の暴力団である。84年に4代目組長の襲名を不服とする幹部らが組織を二分して争ったのが山一抗争で、組長の竹中正久を始め、組関係者のみならず警官、市民を含む多数の死傷者を出した。この時、新たに5代目組長となったのが山健組の2代目組長だった渡辺芳則だったため、山健組は山口組組織内で大きな力を振るった。2005年に引退した渡辺の跡を襲ったのが、名古屋市に本部を置く弘道会初代会長の司忍(本名は篠田建市)。司は6代目山口組組長に就任すると、ナンバー2に側近の弘道会2代目会長を据えるなどして、新たな山口組総本部の組織体制を固めた。
暴力団排除の機運の高まりと、1992年に施行された暴力団対策法や各都道府県の暴力団排除条例などにより、近年、暴力団は弱体化し資金獲得にも窮するようになってきている。こうした中で、山口組の傘下団体も、本部への多額の分担金、水やせっけんなどの購買品引き受け、折々の祝儀などが負担となった。また、新体制の主導権が新組長に集中し多数の処分者が出るなどの人事面に、不満を募らせ始めていた。更に、総本部の名古屋移転が取り沙汰されたり、関西の一部の組が5代目時代に得てきた特段の利権の放棄を余儀なくされたりしたことも相まって、決裂が決定的になった。6代目組長は「時代を上手に理解しなくて自分らの形だけを守ろうとしている旧態依然の感覚の者が落後」していると主張、「神戸山口組」は山菱の代紋を掲げ「歴代親分の意を継いで、任侠道(にんきょうどう)の本分に回帰する」などと対決姿勢を強めている。ただし、全面的な武力衝突に至れば、暴対法などで両組織とも壊滅することにもなりかねず、現在のところは小競り合い程度で、大きな衝突は起きていない。なお、「神戸山口組」は新団体なので、2015年10月時点で暴対法の規制対象外となる。警察当局は早期の指定を目指し、立証などを急いでいる。

(金谷俊秀 ライター/2015年)

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

山口組分裂

山口組直系組長13人が昨年8月27日に神戸山口組を結成し、組長に山健組の井上邦雄組長が就いた。山口組は13人を「絶縁」や「破門」の処分にし、分裂が決まった。6代目山口組の篠田建市(通称・司忍)組長の出身母体・弘道会と、有力組織だった山健組との対立が背景にあるとみられている。警察庁は3月7日、対立抗争状態にあると認定した。

(2016-08-30 朝日新聞 朝刊 埼玉・1地方)

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