改訂新版 世界大百科事典 「山名政豊」の意味・わかりやすい解説
山名政豊 (やまなまさとよ)
生没年:?-1499(明応8)
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…応仁・文明の乱に赤松政則は東軍に属し,播磨に下国して播磨,備前,美作の旧領3ヵ国を回復して守護に任ぜられた。1484年(文明16)から88年(長享2)にわたる山名政豊の播磨,備前への侵入は旧領奪回をねらったものであったが,失敗した。 政則の死後赤松氏が衰えると,代わって三石城を本拠とする浦上氏が台頭し,浦上村宗は主君赤松義村を幽閉暗殺して実権を握り,細川高国を擁して上洛し覇権を掌握しようとしたが,義村の子政村(のちの晴政)が三好元長に内応したことにより摂津大物(だいもつ)で敗死した。…
※「山名政豊」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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