コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

山梨稲川 ヤマナシトウセン

4件 の用語解説(山梨稲川の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

やまなし‐とうせん〔‐タウセン〕【山梨稲川】

[1771~1826]江戸後期の音韻学者。駿河の人。名は治憲。字(あざな)は玄度。別号、東平。本居宣長の影響を受け、中国古代の音韻を研究。著「説文緯」「古声譜」「諧声図」など。

出典|小学館
デジタル大辞泉について | 情報 凡例

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

山梨稲川 やまなし-とうせん

1771-1826 江戸時代後期の儒者。
明和8年8月4日生まれ。江戸で陰山豊洲(かげやま-ほうしゅう)にまなび,郷里の駿河(するが)(静岡県)にかえって楽山吟社をおこす。中国語古音の音韻を研究し,「文緯」「古声譜」をあらわした。文政9年7月6日死去。56歳。名は治憲。字(あざな)は玄度。通称は東平。別号に昆陽山人。詩文集に「稲川詩草」など。

出典|講談社
デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

山梨稲川

没年:文政9.7.6(1826.8.9)
生年:明和8.8.4(1771.9.12)
江戸時代後期の漢学者。駿河庵原郡西方村(静岡県清水市)の人。名は治憲,字は玄度,叔子。東平,稲川などと号す。幼いころから,詩文や書をよくし,17歳のとき江戸に行き,古文辞学派の陰山豊洲に師事。その後東北,関西などの各地に遊び交友を広める。父が亡くなり,25歳ごろからは駿河をほとんど離れることなく,学問に励んだ。特に古書を正しく理解するため,中国古代の音韻を研究。晩年,著作『文緯』を携え諸儒に諮ろうと江戸に出たが,果たす前に没した。また詩文や書の評価も高い。<参考文献>中村春二『稲川遺芳』

(高橋昌彦)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
朝日日本歴史人物事典について | 情報

山梨稲川の関連キーワードハウフお蔭参り山岡浚明山梨稲川山梨稲川裏千家ゴヤ(年譜)クルップビニー内館元右衛門

今日のキーワード

稀勢の里寛

1986- 平成時代の力士。昭和61年7月3日生まれ。中学卒で鳴戸部屋に入門し,平成14年3月初土俵。16年5月新十両,同年11月には18歳4ヵ月で新入幕をはたす。18年7月新三役小結,21年3月新関...

続きを読む

コトバンク for iPhone