日本大百科全書(ニッポニカ) 「岸田秀」の意味・わかりやすい解説
岸田秀
きしだしゅう
(1933― )
精神分析学者。香川県生まれ。1956年(昭和31)早稲田(わせだ)大学文学部心理学科卒業。1959年同大学院文学研究科(心理学専攻)修士課程修了後、フランスのストラスブール大学大学院に留学。1972~1976年和光大学人文学部助教授、1976~1995年(平成7)同教授、1995~2000年同人間関係学部教授、2000~2004年同表現学部教授、のち名誉教授。
フロイト理論を基礎に「人間は本能が壊れた奇形で、幻想のなかで生きる動物である」と主張。「すべては幻想である」とする「唯幻論」の観点から、現代世界のさまざまな事象を分析。とりわけ個人を対象としたフロイト流の精神分析を「日本」という集団に適用し、集団心理を平易に解説する諸説には支持者が多い。
上記の理論は、自身が中学生のころから苦しんでいた強迫神経症と向き合い、その原因が間接的に自分を支配しようとしていた「母親の欺瞞(ぎまん)的愛情」にあることを確認する過程で形成されたという。その一方で、併発していた抑鬱(よくうつ)症状が「日本軍の敗戦を伝える情報」と関係していると仮定し、その克服を目ざして日本軍の戦争記録を丹念に読み進む過程で、日本人の精神構造が神経症と同種の形式で形づくられているのではないかと考えるようになったという。
著作では自らを「猛烈なものぐさ屋」であると称することから名づけた『ものぐさ精神分析』(1977)、『二番煎(せん)じ ものぐさ精神分析』(1979)、『出がらし ものぐさ精神分析』(1980)の三部作が有名。そのほか『幻想を語る』(1981)、『さらに幻想を語る』(1985)、『さらにまた幻想を語る』(1988)などがあり、「ものぐさ先生」の愛称で人気がある。
そのほか日米関係を男女の関係になぞらえて解説した『黒船幻想』(共著、1986)、1980年代の日本で起きた諸事件を「嫉妬(しっと)」の観点から分析する『嫉妬の時代』(1987)、国家や民族の「病い」を読み解く『二十世紀を精神分析する』(1996)など、文明・歴史批評でも活躍。アメリカ論はのちに『日本がアメリカを赦(ゆる)す日』(2001)で詳細に展開され、「正義」を求めるアメリカはネイティブ・アメリカンを虐殺したコンプレックスをもち、無意識的に日本人とネイティブ・アメリカンを同一視していると解説する。
[織田竜也]
『『ものぐさ精神分析』(1977・青土社/中公文庫)』▽『『二番煎じ ものぐさ精神分析』(1979・青土社)』▽『『出がらし ものぐさ精神分析』(1980・青土社)』▽『『幻想を語る』(1981・青土社/河出文庫)』▽『『さらに幻想を語る』(1985・青土社)』▽『岸田秀、K・D・バトラー著『黒船幻想――精神分析学から見た日米関係』(1986・トレヴィル/河出文庫)』▽『『嫉妬の時代』(1987・飛鳥新社/文春文庫)』▽『『さらにまた幻想を語る』(1988・青土社)』▽『『二十世紀を精神分析する』(1996・文芸春秋/文春文庫)』▽『『日本がアメリカを赦す日』(2001・毎日新聞社/増訂版・文春文庫)』