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左翼劇場 さよくげきじょう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

左翼劇場
さよくげきじょう

劇団名。東京左翼劇場のこと。 1928年3月ナップ (全日本無産者芸術連盟) の結成を機に,その演劇部として,前衛劇場とプロレタリア劇場が合同して結成。同年 12月全国組織のプロット (日本プロレタリア劇場同盟) を結成,そのセンターの役割も果した。中心メンバーは佐野碩,久板栄二郎蔵原惟人,林房雄,村山知義佐々木孝丸,藤田満雄,杉本良吉小野宮吉ら。『暴力団記』 (1929) ,『太陽のない町』 (30) ,『西部戦線異状なし』 (31) などすぐれた舞台をつくり上げ,また『生きた新聞』『赤いメガホン』と題する時事問題を扱う小形式を編出したり,さらに労働現場へ演劇工作員を派遣したりした。 34年中央劇場と改称し,さらに村山の新劇団大同団結の提唱を受けて新協劇団の主流を形成したが,それも政府当局の弾圧強化のため 40年に解散。

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世界大百科事典 第2版の解説

さよくげきじょう【左翼劇場】

劇団名。1928年4月,三・一五事件を契機にそれまでプロレタリア演劇運動のなかで対立してきた〈前衛劇場〉と〈プロレタリア劇場〉との合同で結成された。文芸部・演出部に村山知義(ともよし),佐野碩(せき),久板(ひさいた)栄二郎,藤田満雄ら,俳優陣に伊達(だて)信,滝沢修らがいて,村山知義《暴力団記》(上演名《全線》),藤田満雄脚色の徳永直《太陽のない街》,三好十郎《傷だらけのお秋》などの上演活動で当時の〈日本プロレタリア演劇同盟〉(略称〈プロット〉)の指導的役割を果たした。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

左翼劇場
さよくげきじょう

劇団名。ナップの結成に応じプロレタリア劇場と前衛劇場が合同して結成。1928年(昭和3)4月に旗揚げ公演を行った。翌年2月、各地の左翼的な演劇集団とともに日本プロレタリア劇場同盟(後の日本プロレタリア演劇同盟。ともにプロットと略称)を結成、その中心的劇団として活躍した(以後正式には「東京・左翼劇場」)。佐々木孝丸(たかまる)、村山知義(ともよし)、佐野碩(せき)らが指導的地位を占め、『暴力団記』『太陽のない街』などが代表的演目で、自覚的労働者たちに影響を与えた。弾圧のため34年中央劇場と改称、『斬(き)られの仙太』を上演後、6月に解散、新協劇団に発展的解消をした。[祖父江昭二]

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