ナップ(読み)なっぷ(英語表記)NAPF(Nippona Artista Proleta Federacio) エスペラント

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ナップ」の意味・わかりやすい解説

ナップ(地学)
なっぷ
nappe

水平に近い面に沿って、大規模に側方へ移動した異地性岩塊。ナッペデッケDecke(ドイツ語)ともいう。衝上(しょうじょう)断層に沿って移動した衝上ナップをさす場合と、大規模な横臥褶曲(おうがしゅうきょく)によって移動した褶曲ナップをさす場合とがある。通例2~3キロメートル以上側方へ移動した異地性岩塊をナップとよび、移動量が数百メートル程度以下のものはナップとはよばない。アルプス(ヨーロッパ)、アパラチア(アメリカ)など世界の大規模な造山帯に普通にみられる。これは、多くの造山帯が側方圧縮の場に置かれ、著しい短縮がおこったことによるが、これ以外にも、著しい隆起によって重力的に不安定になり、重力滑動をおこして側方へ移動したナップもある。

 衝上ナップの代表的な例は、アパラチア造山帯のバレーアンドリッジ帯や、北米コルディエラ山系の褶曲‐衝上断層帯にみられる。これらの地帯では低角な衝上断層によって、同一層準の地層が繰り返して分布しており、ナップが積み重なった覆瓦(ふくが)状構造がみられる。褶曲ナップの例はアルプスのヘルベチア帯でみられる。また横臥褶曲の逆転翼に沿って生じた衝上断層により移動した場合があり、これは褶曲ナップと衝上ナップの両方特徴をもつ。

[村田明広]


ナップ(NAPF)
なっぷ
NAPF(Nippona Artista Proleta Federacio) エスペラント

全日本無産者芸術連盟および改組後の全日本無産者芸術団体協議会の略称。プロレタリア芸術運動は昭和初年に入ると日本プロレタリア芸術連盟プロ芸)、労農芸術家連盟(労芸)、前衛芸術家同盟(前芸)の三派鼎立(ていりつ)期を迎えるが、1928年(昭和3)の三・一五事件をきっかけに、ひそかに非合法の日本共産党を支持するプロ芸と前芸との合同が急速に進められて全日本無産者芸術連盟(略称ナップ)が成立、5月には機関誌『戦旗』が創刊された。さらにその年12月の芸術連盟臨時大会は、連盟内に設けられていた各専門部を独立させる方針を打ち出し、翌年には日本プロレタリア作家同盟などの五同盟を成立させ、これらに出版部の戦旗社を含めて全日本無産者芸術団体協議会を発足させるが、ここでも略称ナップはそのまま踏襲された。ナップは蔵原惟人(くらはらこれひと)、中野重治(しげはる)、小林多喜二(たきじ)らの活動を背景に、昭和初年代におけるプロレタリア文学高揚の中心的役割を果たすが、政治性と階級性優位の主張が目だち、30年には『戦旗』をナップから切り離して新しく『ナップ』を創刊したことなどもかえって混乱を招き、31年11月、蔵原による日本プロレタリア文化連盟(コップ)結成の呼びかけに従って解散した。

[高橋春雄]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ナップ」の意味・わかりやすい解説

ナップ

芸術運動団体「全日本無産者芸術連盟」「全日本無産者芸術団体協議会」の略称,およびその機関誌名。エスペラントの Nippona Artista Proleta Federacioの頭文字 NAPFによる。「全日本無産者芸術連盟」は,1928年3月 25日,分裂を続けてきたプロレタリア文学運動を統一するため共産主義的主張をもつ部分を統合して発足。機関誌『戦旗』を創刊したが,同年 12月作家同盟,演劇同盟,美術家同盟など独立した諸組織の協議体となり,全日本無産者芸術団体協議会と改称,機関誌には新たに『ナップ』 (1930.9.~31.11.) を創刊,昭和初期プロレタリア運動のヘゲモニーを握った。弾圧がきびしくなった 31年に解体,運動はコップに引継がれた。 (→日本プロレタリア作家同盟 )  

ナップ
nappe

デッケともいう。被覆層がほぼ水平の断層間に沿って,滑動している地質構造。大規模なナップは古く西アルプスで認められた (1893) 。ナップの成因として,(1) 地層が強く圧縮された結果,過褶曲が倒れて横臥褶曲となり,転倒した翼部が引伸ばされ,ほぼ水平の面で切れて滑動した,(2) 高く隆起した部分が重力に支えきれなくなって低いほうに緩傾斜した面で切れ,上に乗った部分が低部に向い滑動したという2つが考えられている。ナップの語源は,フランス語の食卓布。

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