広沢 菊春(2代目)
ヒロサワ キクハル
- 職業
- 浪曲師
- 本名
- 佐々木 勇
- 別名
- 前名=広沢 小菊春
- 生年月日
- 大正3年
- 出生地
- 大阪
- 経歴
- 15歳で岡本玉治に入門。17歳のとき上京して3代目早川燕平に師事、のち大阪へ戻り父のもとで広沢小菊春となる。さらに梅中軒鶯童の門に入り、現童を経て2代目広沢菊春を襲名。再上京して東京の寄席に出演、出囃子に乗って高座へ上がり座蒲団に座って浪曲を語った。古典ネタ、落語ネタの他「姿三四郎」「佐々木小次郎」など新作も意欲的に発表した。
- 没年月日
- 昭和39年 4月15日 (1964年)
- 家族
- 父=広沢 菊春(初代),母=広沢 小富(曲師),弟=天童 三郎(浪曲師)
広沢 菊春(初代)
ヒロサワ キクハル
- 職業
- 浪曲師*
- 本名
- 佐々木善三郎
- 生年月日
- 明治17年
- 出生地
- 京都
- 経歴
- 明治〜昭和期に活躍。初代広沢菊路に師事し、若くして真打となる。義士伝や義民伝を得意とし、関西浪曲界の雄の一だった。大正2年に、東京で興行を行なった際には、浅草国技館で東家楽遊と割看板(顔を同格に並べること)としている。妻の小富は三味線の名手として知られた。
- 没年月日
- 昭和23年 8月27日 (1948年)
- 家族
- 息子=2代菊春・天龍三郎
出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報
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広沢 菊春(2代目)
ヒロサワ キクハル
昭和期の浪曲師
- 生年
- 大正3(1914)年
- 没年
- 昭和39(1964)年4月15日
- 出生地
- 大阪
- 本名
- 佐々木 勇
- 別名
- 前名=広沢 小菊春
- 経歴
- 15歳で岡本玉治に入門。17歳のとき上京して3代目早川燕平に師事、のち大阪へ戻り父のもとで広沢小菊春となる。さらに梅中軒鶯童の門に入り、現童を経て2代目広沢菊春を襲名。再上京して東京の寄席に出演、出囃子に乗って高座へ上がり座蒲団に座って浪曲を語った。古典ネタ、落語ネタの他「姿三四郎」「佐々木小次郎」など新作も意欲的に発表した。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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広沢菊春(2代) ひろさわ-きくはる
1914-1964 昭和時代の浪曲師。
大正3年3月10日生まれ。岡本玉治,3代早川燕平,父の初代菊春に師事。のち梅中軒鶯童(おうどう)に入門し,梅中軒現童をへて,2代菊春を襲名。落語の噺(はなし)をとりいれ,寄席で座布団にすわってかたった。昭和39年4月15日死去。50歳。大阪出身。本名は佐々木勇。初名は広沢小菊春。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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世界大百科事典(旧版)内の広沢菊春の言及
【姿三四郎】より
…苦学しながら警視庁の武術試合に出場するまでにいたる柔道家を描いた物語だが,1943年に黒沢明の監督第1作として映画化されたことで一躍評判となった。また,いわゆる名勝負物語として,小菅一夫脚色で浪曲化され,落語家式のすわり高座で売った2代広沢菊春(1916‐64)が十八番にしていた。【矢野 誠一】。…
※「広沢菊春」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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