語りや歌、音楽などにつれて扁平な人形や動物、道具類を操り、1個また多くの光源を利用してそれらを白い幕に映し、物語を進行させる芸能をいう。アジアの伝統的な影絵芝居は中国とインドがもっとも古く、内容的にも形態的にも独自の展開を示した。これに次ぐのがインドネシアで、物語はインドに由来するが、その始原についてはインドネシア独自のものとの定説がある。マレーシアのものは直接的にはインドネシアの影響を受けて変貌(へんぼう)し、ほかにカンボジアやタイの影絵芝居がある。日本では江戸時代に「手影絵(てかげえ)」「切抜き影絵」、明治になって「阿波(あわ)名物指人形」などがあったが、本格的な影絵芝居は第二次世界大戦後を待たねばならず、今日、影絵人形劇団「ジュヌ・パントル」(藤城清治(ふじしろせいじ)主宰)がその代表的存在として活動を続けている。
漢代に降神術的口寄せとしてその存在が記録され、唐代以降第二次世界大戦前まで各地でみられた中国の皮影(ひえい)(各地で呼び名が異なる)も、すっかり衰退してしまった。今日ではその人形が観光客向けにつくられ、再興が伝えられはするものの、まだ一般化するには至っていない。人形は多くはロバの皮でつくられ、彩色され、幕に映されると鮮明な彩りをみせる。高さはどれもほぼ20~25センチメートルで、両膝(ひざ)、両手首、両肘(ひじ)、腰が動き、首がすげ替えられる。物語は『西遊記』や『白蛇伝』などが中心であった。この皮影は台湾にも伝わり、現在高雄(たかお/カオシュン)周辺で上演されている。
幻想的できわめて洗練された中国の皮影に匹敵するジャワの影絵芝居「ワヤン・クリ」wayang kulit(ワヤンは影、クリは皮革の意)はほぼ10世紀の伝統をもち、今日なおジャワ中部のスラカルタ、ジョクジャカルタを中心に各地で盛んに上演されている。そこに盛られている内容は、物語こそ古代インドの叙事詩『マハーバーラタ』『ラーマーヤナ』からとってはいるものの、長い歳月のうちに完全にジャワ化している。祖霊信仰、仏教、ヒンドゥー教、イスラム教の諸要素をない交ぜ、独特のジャワ人の人生観を形成して、ジャワの精神文化の中核をなすものとして重要な位置を占め続けている。人形は水牛の皮でつくられ、高さは10センチメートルほどから1メートル余りまで人物によって異なり、1セット約700体を超える。丹念な「のみ打ち」作業で透(すかし)彫りが施され、彩色されてはいるが、影はあくまでも黒い影である。客席は、影の側にも影でない側にもあり、影の側は裏側であるとされる。1灯のやし油の光(現在では電灯を使用することが多い)のもとに、たった1人のダラン(ワヤンにおける人形師)が、大筋があるだけの演目をほとんど即興で語り込んでゆく。このダランが1人で人形のすべてを操ると同時に、地語り、対話など語りのいっさいを受け持ち、伴奏ガムランの指揮、物語の進行のすべてを支配する。午後8時半ごろから朝の5時過ぎまで約8時間半をかけて一つの演目が上演される。演目は基本的なもので200は超え、創作も多い。上演場所は常設小屋があるわけでなく、結婚式、誕生日、割礼の祝いなど人生の節目や公共記念日などにダラン一座が招かれ、当家もしくは公共の建物内で催される。
ワヤン・クリは、内容的には20種類ほどに分けられる。古代インドの二大叙事詩から取材した「ワヤン・プルウォ」(プルウォは始原の意)、ジャワの英雄譚(たん)『パンジ』をおもな内容とする「ワヤン・ゲドク」(ゲドクは打音に由来する)、歴史上の人物を登場させる「ワヤン・マディオ」(マディオは中間の意)、キリスト教教義を訴える「ワヤン・カトリック」など。しかし今日盛行しているのは、もっとも古くからのワヤン・プルウォだけである。
バリ島の「ワヤン・クリ」は、15~16世紀にイスラム教侵入を嫌ったジャワの貴族たちがバリへ移り、それとともにバリで上演されるようになったものである。ワヤン・プルウォが中心だが、仏陀(ぶっだ)の物語も混じる。
マレーシアの影絵芝居も「ワヤン・クリ」とよばれる。人形は水牛の皮でつくられ、タイとの国境近くのケランタン地方で行われるだけである。演目は大半が『ラーマーヤナ』に取材し、観客には影の側だけをみせる。
インドには大きく四つほどのスタイルがあり、まったく異なる。起源については定説がない。コロマンデル海岸のアンドラ・プラデシュ州、ベンガル湾岸のオディシャ(オリッサ)州、南部高原のカルナータカ州のものはヤギ皮が主で、彩色が影に映るが、いま一つのマラバル海岸のケララ州のものは水牛の皮によるもので、影は黒である。しかしいずれも演目は『ラーマーヤナ』で、今日盛行しているとはいえない。
タイの大小2種類の影絵芝居「ナン」nangも衰退の一途にあり、『ラーマーヤナ』を内容として、水牛の皮でつくられている。
トルコの影絵芝居「カラギョーズ」は、2人の主役を中心とした短い即興的笑劇で風刺を利かせている。ヨーロッパでは、18~19世紀にかけてドイツやイギリス、ことにフランスではオンブル・シノアーズ(中国の影の意)、のちにフランス影絵の名で盛行した。
[松本 亮]
『松本亮著『ジャワ影絵芝居考』(1975・濤書房)』▽『松本亮著『ワヤン』(1977・平凡社)』▽『松本亮著『ワヤン人形図鑑』(1982・めこん)』▽『セノ・サストロアミジョヨ著、松本亮・竹内弘道・疋田弘子訳『ワヤンの基礎』(1982・めこん)』▽『山本慶一著『江戸の影絵遊び――光と影の文化史』(1988・草思社)』▽『関本照夫・船曳建夫編『国民文化が生れる時――アジア・太平洋の現代とその伝統』(1994・リブロポート)』▽『松本亮著『ワヤンを楽しむ』(1994・めこん)』▽『金子量重・坂田貞二・鈴木正崇編『ラーマーヤナの宇宙――伝承と民族造形』(1998・春秋社)』▽『曹洞宗国際ボランティア会広報課編『スバエクの物語――カンボジアの影絵芝居』(1998・曹洞宗国際ボランティア会)』▽『リチャード・シェクナー著、高橋雄一郎訳『パフォーマンス研究――演劇と文化人類学の出会うところ』(1998・人文書院)』
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…福助,三番叟(さんばそう),郵便屋,猫,狐など10余種があり,子どもの遊びとして人気があった。 影絵人形を操作しながらせりふ,歌,音楽をまじえて演ずる影絵芝居は古くから世界各国でおこなわれている。ことに中央アジア系(トルコ,イラン,アラブ,エジプトなど)および熱帯アジア系(インドネシア,インド,ミャンマー,タイ)のものが発達しており,トルコのカラギョズやインドネシアのワヤンは有名である。…
…三人遣いの人形劇は日本独特のものである(詳しくは〈人形浄瑠璃〉の項を参照)。 影絵芝居はインド,中国,ミャンマー,ジャワなどできわめて精巧なものに進み,神話や英雄物語を上演する。薄い皮と厚紙を使って平板な人形をつくり,頭,手,胴,脚などを糸でつないである。…
…本来は〈影〉の意であるが,一般にはインドネシアのジャワ島に伝わる影絵芝居をさし,そこで使用される人形そのものもこの名で呼ぶ。しかしワヤンはまた多くの種類の演劇をもさし,影絵芝居でないものにもこの名が冠されている。…
※「影絵芝居」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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