心身症総論

内科学 第10版 「心身症総論」の解説

総論 (心身症)

 心身症とは,「身体疾患の中で,その発症や経過に心理社会的因子が密接に関与し,器質的ないし機能的障害が認められる病態をいう.ただし神経症やうつ病など,他の精神障害に伴う身体症状は除外する」と定義される病態である(日本心身医学会,1991)(表1-6-1).つまり,心身症とは,単なる「身体症状」ではなく,「身体疾患」であることが前提で,さらに,その発症や経過に「心理社会的因子の密接な関与」が認められる「病態」である.ある疾患のなかで,この定義に当てはまる症例のみが心身症であるという意味で「病態」という表現が用いられている.心身症が含まれる代表的な疾患としては,過敏性腸症候群,一次性頭痛,気管支喘息消化性潰瘍本態性高血圧肥満症,2型糖尿病などの生活習慣病などがあげられる(表1-6-2).なお,保険病名は,「身体疾患名(心身症)」(例:気管支喘息(心身症))のように記載する.
(1)心身症の診断
 心身症の診断は,病歴聴取・身体診察・検査所見などに基づく身体面からの情報と,面接による生活史の聴取や心理テストの結果などによる心理社会的側面からの情報を統合して多面的に行う.身体面のみに焦点を当てるのではなく,患者をとりまく環境をも含めて全人的に評価し,診療していく姿勢が重要である.つまり,Engelが提唱した全人的医療を実践することになる. 具体的には,主訴,現病歴,既往歴,家族歴,生活歴のみならず,ライフイベントや日常生活におけるストレス,ソーシャルサポート(他者から提供される有形または無形の援助のことで,主として家族や友人などからのサポートのこと),ストレスコーピング(ストレスへの対処行動)などの心理社会的因子の評価を行う.さらに,必要な場合には,幼少期を含めた生育歴や,家族関係などの聴取も行う.また,心理テストによってパーソナリティや心理状態を把握することも有用だが,その役割はあくまでも補助的なものである.
(2)心身症の鑑別診断(表1-6-3)
 鑑別を要するものとしては,精神疾患で身体症状を主とするものが重要である.心身症は,「身体疾患」の一部であり,「精神疾患」ではないという条件があるが,「精神疾患」のなかには,身体症状を呈する疾患があり,心身症との鑑別が必要となる.精神疾患のなかでも,心身症と混同されることが多いのは,「身体表現性障害」である.これは,痛みや,咽喉頭部の違和感,消化器症状など,ケースによって,さまざまな身体症状を訴えるが,それを説明できる身体面の異常が認められないものである.これらの症状の多くは,心理的要因が関与していると考えられており,その点においては心身症と共通であるが,症状を説明可能な身体疾患が存在しない点が心身症と異なる点である.
 身体表現性障害のなかでも「転換性障害」は代表的なもので,古くは「ヒステリー」とよばれていたものである.主たる症状は,随意運動または感覚機能についての症状または欠落で,身体症状が主たる症状であるにもかかわらず,身体的異常が存在しないものである.たとえば,神経学的には異常がないにもかかわらず,「足が動かない」,「手が動かない」,「耳が聞こえない」などの症状を呈する.これらには,「身体的に異常がないにもかかわらず,身体症状を呈している」ということで,心身症とは異なる.
(3)心身症の治療(表1-6-4)
 心身症の治療の基本は,身体面のみの治療にとどまらず,心理社会的側面からのアプローチを含めて全人的に治療することである.治療の進め方としては,心身両面からの病態把握の後,治療目標と治療方針を決定する.その際,十分に説明を行い患者との共同作業で決定していくプロセスを踏むことが重要である. 治療方法は,薬物療法と非薬物療法に大別される.薬物療法としては,身体疾患の治療のための薬剤に加え,症状や病態に応じて,向精神薬(抗不安薬や抗うつ薬など)が併用される.非薬物療法としては,支持的精神療法が基本であるが,さらに専門的な心理療法や環境調整なども行われる.専門的な心理療法としては,認知行動療法,リラクセーション法(自律訓練法など),家族療法などが行われる.これら専門的治療法の明確な選択基準は現在のところ存在しないが,認知行動療法およびリラクセーション法のエビデンスが蓄積されつつある.
a.薬物療法
 不安・緊張,抑うつ,不眠などの精神症状が併存し,著しく生活に支障が生じている場合には,抗不安薬,抗うつ薬,睡眠薬が必要に応じ用いられるが,近年,ベンゾジアゼピン系抗不安薬による常用量依存が問題となっており,漠然と長期間にわたって使用することは避けるべきである.また,原則として,低用量から開始し,妊婦・乳幼児・小児・高齢者への投与や併用薬に対する用法・用量や注意・禁忌などに関して,必ず添付文書を確認することが必要である.
 特に,新しい抗うつ薬である選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)に関しては,肝臓におけるチトクロームP450の働きを阻害するため,これらの酵素によって代謝されるほかの薬剤との併用禁忌や併用注意が存在し,しかも複数存在するSSRIの薬剤ごとにプロフィールが違うため,必ず添付文書の確認を行うことが必要である. 投薬の際には,目的・副作用に関して十分説明し,同意を得たうえで処方を行う.また,抗うつ薬に関しては,治療効果発現までに数週間かかる可能性が高く,投与初期には副作用のみが認められることがある旨を十分説明することが重要である.
b.心理療法
 心身症に対する治療における心理療法の目的は,セルフコントロールの獲得を目指すということで,さまざまな治療法が用いられている.以下に,比較的エビデンスが集積されている治療法について概説する.
 ⅰ)認知行動療法
 個人の行動と認知の問題に焦点を当て,そこに含まれる行動上の問題,認知の問題,感情や情緒の問題,身体の問題,そして動機づけの問題を合理的に解決するために計画され構造化された治療法であり,自己理解に基づく問題解決と,セルフ・コントロールに向けた学習のプロセスのことで,生活習慣病における行動変容や摂食障害における治療などに用いられる.
 行動変容における従来の「指導」は,生活上のよくない点を指摘して改善を促す一方向的な指導である,改善の仕方に関する具体的な手がかりが十分に提案されていない,などの問題点があることが知られている.認知行動療法においては,健康に悪い「考え方や行動」を系統的に修正するが,その際,治療者と患者は,一方的に受動的に治療を受けるという関係ではなく,1つのチームとして共同作業で問題解決に取り組む「協同的経験主義」とよばれる関係で治療を進める点が従来の指導とは異なる.
 ⅱ)リラクセーション法
 リラクセーション法の1つである自律訓練法に関して,本態性高血圧や一次性頭痛などにおける効果が報告されている.自律訓練法は,1932年にドイツの精神医学者Schultzが発表したもので,心身ともにリラックスした状態を導くために作成された.自律訓練法は,次のような手順に従って行う.基本は,「公式」とよばれる決まった文章を頭のなかで唱えることである.準備としては,なるべく静かな場所で堅苦しくない服装で行う.軽く目を閉じて,腹式呼吸にする.規則正しい呼吸をこころがけ,呼吸が一定のリズムになった段階で,背景公式(「気持ちが(とても)落ち着いている」)を開始し,その後,第一公式(重感練習「右腕(左腕,右脚,左脚)が重たい」),第二公式(温感練習「右腕(左腕,右脚,左脚)が温かい」)へと移る.公式は,第六公式まで存在するが,第二公式までマスターできれば十分にリラクセーションの効果が得られることが多い.[吉内一浩・赤林 朗]
■文献
Engel GL: The need for a new medical model: a challenge for biomedicine. Science, 196: 129-136, 1977.
小牧 元, 久保千春,他編:心身症診断・治療ガイドライン2006, 協和企画,東京,
2006.日本心身医学会教育研修会編:心身医学の新しい指針.心身医学,31: 537-573, 1991.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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