精神身体医学ともいう。プラトンやアリストテレスに代表されるギリシア哲学においても,精神が身体に影響をおよぼす事実は知られていたが,〈精神身体医学的〉という言葉は1818年に初めてドイツの精神医学者ハインロートJohann Christian August Heinroth(1773-1843)によって用いられ,〈心身医学〉という用語は1922年にオーストリアの精神分析学者ドイッチュF.Deutschにより使用された。現代のような心身医学は40年代に入って進歩し,それが日本に導入されたのは第2次大戦後間もなくのことである。
人間の精神と身体は一体をなすものであり,不可分である。精神の座は身体の一部としての大脳にあり,その活動は間脳,自律神経の経路を経て,消化,呼吸,血液循環,排出,生殖などをつかさどる全身の臓器の働きに影響を与えている。さらにその活動は間脳,脳下垂体の経路を経て,下垂体ホルモンの分泌に関与し,それは他のホルモンの分泌を調節している。また逆に,脳の働き自体もたえず身体の他の部分の機能や状態の影響を受けており,脳以外の臓器の異常が精神に影響をおよぼすことも,よく知られている。このような精神と身体の相互作用,つまり心身相関を研究し,それに関連する疾患を診療対象とするのが心身医学である。心身医学はまた,従来の身体偏重の器質病理学的立場を排し,人間の情動の意義をも含めた,より包括的な医学であることを志したものということができる。
われわれは,自己の本能的または社会的欲求を外界の諸条件と調和させながら社会適応をしているが,これが危険にさらされると,不安,緊張,憂うつ感などのさまざまな感情を生ずる。そしてそれは自律神経やホルモンの作用を通して,心拍数,呼吸,胃腸の運動,胃酸の分泌,血管収縮,血糖などの身体機能に変化を生ずる。これらの感情が長期持続すると,高血圧症,狭心症,過敏性大腸症候群,気管支喘息(ぜんそく),片頭痛,糖尿病などの病的状態を呈することがあり,胃潰瘍のような解剖学的変化を生ずることもある。また,自己暗示から蕁麻疹(じんましん)や気管支喘息の生ずる場合のあることも知られている。このような病態は心身症と呼ばれている。
心身医学では,身体因子ばかりでなく,社会-心理的因子をも考慮しつつ,心身一体となった人間を診療するという立場に立つ。具体的には,身体症状を主とするが,心理的因子についての配慮がとくに重要な病態,つまり上記のような心身症を主として扱うことが多い。また,身体的原因によって発生した疾患であっても,その経過に心理的因子が重要な役割を演ずる例,身体症状を主症状とする神経症,あるいはうつ病の一部を対象とする場合もある。心身医学の対象となる症例は各科にまたがっているが,内科的な症状を対象とする臨床的な場を心療内科という。治療は心身両面から行われ,身体的因子が重視される場合には身体的治療に,心理的因子が重視される場合には精神療法に重点がおかれ,精神安定剤の用いられることも多い。
執筆者:臼井 宏+野上 芳美
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
人は心psycheと肉体somaとが一体をなすものであり、心の健康なしには肉体の健康もありえないという立場をとり、広く臨床各科の疾患を心身の両面から総合的に病態把握し、それぞれが関与する因子の比重に応じて治療を行う医学で、精神身体医学ともいう。
心身医学は、神経症における心身相関の研究に始まり、心身症を対象とするようになり、現在では総合医学へと発展しつつある。その背景として、精神分析学の理論、学習理論などに基づく心の理解が可能となったこと、精神生理学や大脳生理学の進歩がみられたこと、医学の専門細分化に伴う身体偏重や器官偏重に対する批判および反省から、病気よりも病人を、個々の器官よりも全体をみるという立場が生まれてきたこと、管理社会や競争社会、あるいは人間疎外や価値観の多様化など社会環境の変化に伴う精神的ストレスの増加が目だってきたこと、などが考えられる。
心身医学的治療法の特徴は、患者に病気の情報をよくフィードバックし、自分自身の問題点をよく整理して分析したうえで解決させ、日常生活において自己制御(セルフコントロール)を図るように仕向けていくことにある。
なお、日本では1960年(昭和35)に日本精神身体医学会が設立され、63年には九州大学医学部で初めて精神身体医学講座が開かれ、診療科としての心療内科が設置された。
[下坂幸三]
『石川中著『心身医学入門』(1978・南山堂)』
…とくに治療面で,患者の幼児期記憶,解釈の呈示,知的洞察などの価値をそれほど重視せず,患者がかつて親との関係で受けたゆがんだ感情体験を分析者との関係のなかで修正してゆく療法を提唱した。また精神身体医学(心身医学)psychosomatic medicineのパイオニアの一人で,理論家としては精神分析を社会理論に応用した。著書に《理性なき現代》《現代の精神分析》などがある。…
…とくに治療面で,患者の幼児期記憶,解釈の呈示,知的洞察などの価値をそれほど重視せず,患者がかつて親との関係で受けたゆがんだ感情体験を分析者との関係のなかで修正してゆく療法を提唱した。また精神身体医学(心身医学)psychosomatic medicineのパイオニアの一人で,理論家としては精神分析を社会理論に応用した。著書に《理性なき現代》《現代の精神分析》などがある。…
※「心身医学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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