過敏性腸症候群(読み)カビンセイチョウショウコウグン

デジタル大辞泉 「過敏性腸症候群」の意味・読み・例文・類語

かびんせいちょう‐しょうこうぐん〔クワビンセイチヤウシヤウコウグン〕【過敏性腸症候群】

精神的ストレスなどによって腸の機能が異常になり、下痢げり・便秘・腹痛などが慢性的にみられる状態。治療は食事と生活習慣の改善を主に、薬物療法もある。以前は大腸の異常によるものと考えられ「過敏性大腸(症候群)」とも呼ばれた。IBS(irritable bowel syndrome)。

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EBM 正しい治療がわかる本 「過敏性腸症候群」の解説

過敏性腸症候群

どんな病気でしょうか?

●おもな症状と経過
 過敏性腸症候群(かびんせいちょうしょうこうぐん)では、腹部の痛みや不快感といった腹部症状と、便通異常(下痢と便秘、あるいはいずれか一方)が一過性ではなく一定期間持続してみられます。検査を行っても、腫瘍や炎症といった腸の器質的な異常(形態的な変化も含む)は認められませんが、腸の働き(機能的)に異常が生ずる病気です。
 長期にわたって症状の改善と悪化をくり返すこと、症状によって学校生活や社会生活に支障をきたすこと、周囲の理解が得られにくいことなどから、精神的な苦痛が大きい病気ともいえます。さらに、そうしたストレスや不安、うつなどの精神的な要因が症状に影響を与え、悪化させることも特徴です。
 便通異常の傾向によって便秘型、下痢型、下痢・便秘混合型、その他(分類不能型)の4つのタイプに分類されます。

●病気の原因や症状がおこってくるしくみ
 原因については多くの要因が推察されていますが、明確なものは確定されていません。各種の原因のうち、実際の治療に際して考慮されているものとして、ストレス、不安、うつなどとの関連があり、それらを緩和する治療などが行われています。そのほか、それぞれの症状を軽減する対症療法として便通のコントロールも行われます。
 過敏性腸症候群の診断としては、通常の腸の検査(内視鏡および生検病理、便潜血、CTなど)は、腫瘍(しゅよう)や炎症などといった器質的な病気を除外するという意味では役立ちますが、それだけで機能的な異常を示す特徴をもつこの病気を確定することはできません。そこで、現在、過敏性腸症候群の診断にはRomeⅢ診断基準を用いることが推奨されています。正確な診断、適切な治療のためには専門医への受診が勧められます。

RomeⅢ診断基準
 ・腹痛あるいは腹部不快感が
 ・最近3カ月のなかの1カ月につき少なくとも3日以上をしめ
 ・下記の2項目以上の特徴を示す
  ①排便によって改善する
  ②排便頻度の変化で始まる
  ③便形状(外観)の変化で始まる
 *少なくとも診断の6カ月以上前に症状が出現し、最近3カ月間は基準を満たす
 **腹部不快感=腹痛とはいえない不愉快な感覚


よく行われている治療とケアをEBMでチェック

[治療とケア]食事療法を行う
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 食事療法の効果は非常に信頼性の高い臨床研究によって認められています。ただし、症状が個人によって異なるため、統一された標準的な食事療法はなく、個人や症状に応じて対処する必要があります。たとえば、腹痛や下痢を誘発する可能性のある油脂や香辛料を控えたり、逆に便秘症状に対しては食物繊維を豊富に摂取できる高繊維食が勧められます。また低FODMAPダイエット(Fermentable、Oligo-、Di-、Mono-saccaharidesandPolyols:オリゴ糖、2糖類、単糖類、ポリオールといった発酵性の炭水化物の摂取を最小限にし、その後、少しずつ摂取を開始していき、症状に影響する食品があるかどうかを確かめる食事療法)の有用性も注目されています。(1)~(7)

[治療とケア]プロバイオティクスビフィズス菌や乳酸菌などの有用菌)を用いる
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] プロバイオティクスとは、腸内細菌のバランスを改善することにより、菌がもたらす人に有益な作用を治療として利用するものです。総合的にはプロバイオティクスは過敏性腸症候群に対する有効性が示されています。経済的なコストの負担も少なく、副作用がほとんどないこともあわせ、治療として推奨されます。(8)~(17)

[治療とケア]ストレスや不安などの心理・精神症状が大きく症状に関与している場合には、これらを軽減する薬物療法を行う
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 過敏性腸症候群の患者さんのなかには、精神的なストレスや不安が症状の現れ方に非常に大きく影響する人がみられます。このような患者さんに対して、抗うつ薬や抗不安薬を用いることがあります。ただし、副作用もでやすい薬剤であるため、患者さんの利益・不利益を十分勘案し、これまで示した腹部症状を中心とした一般的な薬物療法によって十分な改善が得られない患者さんに限って、専門家と相談しながら使用するのが望ましいでしょう。(26)(27)


よく使われている薬をEBMでチェック

高分子重合体
[薬名]コロネル/ポリフル(ポリカルボフィルカルシウム)(24)(25)
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 高分子重合体ポリカルボフィルカルシウムは、非溶解性の親水性ポリアクリル樹脂の一種です。腸内の水分を調整する作用(消化管内で水分を保持する作用、および消化管内の内容物を運ぶ働きを調整する作用)があり、下痢にも便秘にも効果が期待できます。

下痢型に対する5-HT3受容体拮抗薬(じゅようたいきっこうやく)
[薬名]イリボー(ラモセトロン塩酸塩)(18)
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 下痢症状に悩まされる(下痢型)過敏性腸症候群に対する5-HT3受容体拮抗薬の効果について、男性の患者さんにおいて治療の効果が証明されています。2013年より、日本では男性にのみ5-HT3受容体拮抗薬の使用が保険適用となっています。

便秘型に対する5-HT4受容体刺激薬
[薬名]ガスモチン(モサプリドクエン酸塩水和物)(19)(20)
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 5-HT4受容体刺激薬は消化管運動改善薬です。日本での保険適用は慢性胃炎のみで、過敏性腸症候群には保険適用はありません。欧米での使用頻度は少なく、日本を中心としたアジアでは使用されることがあります。便秘型の過敏性腸症候群で腹痛、腹部膨満感(ふくぶぼうまんかん)の改善、排便回数の増加、便の性状変化、ガスの減少などの効果が認められたとの報告があります。

便秘型に対する粘膜上皮機能変容薬
[薬名]アミティーザ(ルビプロストン)(21)~(23)
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 粘膜上皮機能変容薬は便秘の改善薬です。便秘によって生ずるさまざまな症状に対する効果が認められています。

抗うつ薬・抗不安薬
[薬名]トフラニール(イミプラミン塩酸塩)(26)(27)
[評価]☆☆☆
[薬名]トリプタノール(アミトリプチリン塩酸塩)(26)(27)
[評価]☆☆☆
[薬名]メイラックス(ロフラゼプ酸エチル)(26)(27)
[評価]☆☆☆
[薬名]デパス(エチゾラム)(26)(27)
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 精神的なストレスや不安によって症状が悪化する患者さんに対しては、それらを軽減する抗うつ薬や抗不安薬が用いられることがあります。ただし、副作用もでやすい薬剤であるため、専門家と相談しながら一般的な薬物療法によって十分な改善が得られない患者さんに限って用いられます。


総合的に見て現在もっとも確かな治療法
患者さん本人が病気を理解することが重要
 消化管やほかの臓器にこれといった病気がないのにもかかわらず、腹痛や便通異常がみられる病気です。明確には原因が特定されておらず、いろいろな要因が複合的にかかわっている可能性が考えられています。また、症状をみてみると、たとえば同じ病気であるのに下痢と便秘のように正反対の症状があったり、症状の現れ方に大きな個人差があったりします。そのため、それぞれの患者さんの症状に応じて、それらを抑える対症療法を行うのが一般的です。患者さん本人も、こうした病気の成り立ちや症状の背景をよく理解することが非常に大切です。
 基本的にはまず生活習慣の改善や食事療法を行い、下痢、便秘などの便通異常のコントロールと、心理・精神的な方面からのアプローチが中心となります。
 日本消化器病学会編集「機能性消化管疾患診療ガイドライン2014」には、過敏性腸症候群(IBS)の治療フローチャート(第1段階~第3段階)が示されています。診断や治療に際しては、こうした知識に熟知している専門医への受診が勧められます。

心理・精神状態に対する薬が用いられることも
 腹部症状を改善する治療を主体に進めて改善がみられなければ、ストレスや心理状態と症状との関連をよく見極め、その関与が大きいと判断された場合には抗うつ薬や抗不安薬の使用を検討します。その関与があまり大きくない場合には、必要に応じた精密検査を行って、改めてほかの病気の可能性がないかを調べます。その結果を踏まえ、抗うつ薬、漢方薬、抗アレルギー薬の併用などを考慮します。
 これらの薬物療法の効果が認められない場合には、さまざまな専門的な心理療法が検討されることもあります。

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六訂版 家庭医学大全科 「過敏性腸症候群」の解説

過敏性腸症候群
かびんせいちょうしょうこうぐん
Irritable bowel syndrome
(食道・胃・腸の病気)

どんな病気か

 腸の検査や血液検査で明らかな異常が認められないにもかかわらず、腹痛や腹部の不快感を伴って、便秘や下痢が長く続く病気です。以前は過敏性大腸(かびんせいだいちょう)といわれていましたが、小腸を含めた腸全体に機能異常があることがわかってきたため、過敏性腸症候群と呼ばれるようになりました。

 この病気は、日本を含む先進国に多い病気です。日本人では10~15%に認められ、消化器科を受診する人の3分の1を占めるほど、頻度の高い病気です。発症年齢は20~40代に多く、男女比は1対1.6で、やや女性に多くみられます。便通の状態により、便秘型、下痢型、交代型の3つに分類されますが、男性では下痢型、女性では便秘型が目立ちます。

原因は何か

 過敏性腸症候群では、消化管運動異常、消化管知覚過敏、心理的異常の3つが認められます。ただ、これらの異常を引き起こす真の原因はわかっていません。一部の患者さんでは、感染性腸炎のあとに発症することが明らかになっており、何らかの免疫異常が関わっている可能性も指摘されています。ストレスは、症状を悪化させる要因となります。

症状の現れ方

 主な症状は、腹痛もしくは腹部不快感と便通異常です。腹痛は、左下腹部に最も多くみられますが、部位が一定しないものも少なくありません。腹痛の性状は、発作的に起こる疝痛(せんつう)(さし込むような痛み)、または持続性の鈍痛のいずれかで、便意を伴っていることが多く、排便後に一時的に軽快する傾向を示します。一般的に、食事によって症状が誘発され、睡眠中は症状がないという特徴があります。

 その他、腹部膨満感、腹鳴(ふくめい)(おなかがごろごろ鳴る)、放屁などのガス症状も比較的多くみられます。また、頭痛、疲労感、抑うつ、不安感、集中力の欠如など、さまざまな消化器以外の症状もみられることがあります。病型別の特徴を述べます。

①下痢型

 突如として起こる下痢が特徴です。突然おそってくる便意が心配で、通勤や通学、外出が困難になります。また、そうした不安が、さらに病状を悪化させます。

便秘

 腸管がけいれんを起こして便が停滞します。水分がうばわれた便はウサギの糞のようにコロコロになり、排便が困難になります

③交代型

 下痢と便秘を交互に繰り返します。

検査と診断

 診断の第一段階は、特徴的な自覚症状のパターンから、まずこの病気を疑うことです。次に、似たような症状を示す他の病気(腸のポリープやがん、憩室、潰瘍性大腸炎クローン病などの器質的疾患)がないことを検査で確認します。

 自覚症状からの診断方法として、ローマ基準という世界的に標準化された診断基準があります。次の①および②の症状が3カ月以上存在する場合に、この基準を満たすと判定します。

①排便によって軽快するか腹痛もしくは腹部不快感、または排便回数もしくは便の硬さの変化を伴う腹痛もしくは腹部不快感

②次の症状の2つ以上を伴う排便障害……排便回数の異常、便性状の異常、便排出異常、粘液の排出、鼓腸(こちょう)または膨満感

 腹部の診察では、とくに左下腹部に圧痛を認めることが多く、時に圧痛のあるS状結腸を触知することがあります。検査としては、血液生化学検査、尿一般検査、便潜血検査が行われるのが一般的です。50歳以上で初めて発症した場合や、発熱、3㎏以上の体重減少、直腸出血のような「警告徴候」が存在する場合には、大腸内視鏡検査もしくは大腸バリウム検査によって器質的疾患を除外する必要があります。

治療の方法

 治療においては、「命に関わることはないが、経過が長く完全に治ることが少ない」というこの病気の性質を理解することが必要です。また、症状の完全な消失にこだわらず、日常生活のなかで病気とうまく付き合っていくことも大切です。

 過敏性腸症候群の治療は、①生活・食事指導、②薬物療法、③心身医学的治療、の3つが基本になります。生活習慣のなかで、不規則な生活、睡眠不足、慢性疲労の蓄積、睡眠不足、心理社会的ストレスなど、この病気の増悪因子と考えられるものがあれば修正を試みます。症状を悪化させる食品(大量のアルコール、香辛料など)の摂取はひかえましょう。食物繊維の摂取は、便秘または下痢どちらのタイプにも有効なので積極的にとるべきです。

 薬物療法が必要な場合は、高分子重合体、消化管運動調節薬、漢方薬などがまず投与されます。下痢に対して乳酸菌や酪酸菌製剤(いわゆる整腸薬)、セロトニン受容体拮抗薬止痢(しり)薬、便秘に対して緩下薬、腹痛に鎮痙(ちんけい)薬が投与されることもあります。これらの薬剤で改善がみられない場合は、抗不安薬、抗うつ薬が考慮されます。

 心身医学的治療としては、精神療法自律訓練法認知行動療法などがあります。

病気に気づいたらどうする

 長い経過があり、日常生活に支障がない場合はセルフケアで十分ですが、通勤や通学、外出などの日常生活に影響が出ている場合は病院を受診すべきです。とくに、前述した「警告徴候」が存在する場合には腸の精密検査を受けたほうがよいでしょう。

武田 宏司

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内科学 第10版 「過敏性腸症候群」の解説

過敏性腸症候群(腸疾患)

概念
 過敏性腸症候群とは,通常の臨床検査では器質的疾患を欠くにもかかわらず,腹痛と便通異常が慢性に持続する状態である.同様に,器質的疾患を欠くが消化器症状が慢性に持続する疾患群を機能性消化管障害(functional gastrointestinal disorders:FGIDs)とよぶ(表8-5-20,Drossman,2006).IBSはFGIDsの原型である.IBSは主要文明国の人口の約10~15%と高頻度であり,女性に多い.IBSは良性疾患であるが,生活の質(QOL)を障害する.このため,IBSの症状を有しかつQOL低下に苦痛を感じる者が病院を受診する.
IBSには日常臨床でしばしば遭遇し,適切なケアを必要とする.
病態
 IBSの発生機序は不明である.しかし,症状が心理社会的ストレスによって発症・増悪する側面(心身症)をもつ.IBSの病態は,①消化管運動異常,②消化管知覚過敏,③心理的異常の3つからなる.消化管運動異常はストレスや食物摂取などの刺激に対する大腸・小腸の運動亢進である. 消化管知覚過敏は,大腸にポリエチレンバッグを入れ,バロスタットという機器でその圧力を上昇させたときに,健常者より低圧で腹痛を自覚するものである.大腸を刺激したときの脳画像では健常者よりも大脳辺縁系の局所脳血流量増加が大きい.心理的異常は抑うつ,不安,身体化が多い.IBSは感染性腸炎が回復した後に罹患することがあり,これを感染性腸炎後IBSという. IBSの大腸粘膜には肥満細胞増加などの免疫賦活化状態がある.IBSには弱いながら遺伝性があり,二卵性双生児よりも一卵性双生児の罹患一致率が高い.IBSの病態に関連する物質として,5-ヒドロキシトリプタミン(5-HT,セロトニン)と副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(corticotropin-releasing hormone:CRH)が有力視されている(Fukudo,2012).これらの病態生理を一括する概念として,中枢機能と消化管機能の関連(脳腸相関)が重視されている(図8-5-29).
臨床症状
1)主要症状:
腹痛・腹部不快感と便通異常(便秘,下痢あるいはその交替)が相互に関連しあい,慢性の病像を呈する.血便,発熱,体重減少はIBSでは生じない.
2)その他の消化管症状:
腹部膨満感,ガスの増加,心窩部痛,季肋部痛,悪心,食欲不振,胸やけなどが多い.
3)消化管以外の身体症状:
頭痛,頭重感,顎関節痛,めまい,動悸,頻尿,月経障害,筋痛,四肢末端の冷感,易疲労感をきたすことがある.
4)心理的異常:
抑うつ感,不安感,緊張感,不眠,焦燥感,意欲低下,心気傾向をしばしば認める.
身体所見
 触診にて下腹部,特に左下腹部の圧痛を示す症例が多い.腹部聴診では腸雑音の亢進がまれならず認められる.
診断
 器質的疾患,おもに大腸癌と炎症性腸疾患の除外が重要である.検査の組み合わせは症例にもよるが,血液生化学検査,末梢血球数,炎症反応,尿一般検査,便潜血検査,大腸造影検査もしくは大腸内視鏡検査を要する例が多い.これらの検査所見はいずれも正常である.そのうえで症状がRomeⅢ診断基準を満たすことが必要である(表8-5-21〜8-5-22,図8-5-30,8-5-31,Longstrethら,2006).IBSの診断基準を満たさない下部消化管のFGIDsは機能性便秘,機能性下痢,機能性膨満,非特異機能性腸障害,機能性腹痛症候群のいずれかである.鑑別が必要な消化器疾患として乳糖不耐症,microscopic colitis,慢性特発性偽性腸閉塞,colonic inertiaなどがあげられる.また,IBSと高率に合併する病態に機能性ディスペプシア(functional dyspepsia),胃食道逆流症,機能性直腸肛門痛,線維筋痛症,顎関節症,うつ病,不安障害がある.
治療
 医師が患者の苦痛を傾聴し,受容することが基本になる.通常の臨床検査で異常がなくとも特殊な検査を行えば脳腸相関の異常が検出されることを念頭におき,患者の症状に関心を示す必要がある.そのうえで,病態生理を患者が理解しやすい言葉で説明する.偏食,食事量のアンバランス,夜食,睡眠不足,心理社会的ストレスはIBSの増悪因子であり,除去・調整を勧める.これらを行ったうえで,薬物療法をまず行う.薬物としては消化管運動の調整のために消化管運動調節薬もしくは抗コリン薬,消化管腔内環境調整のために高分子重合体や乳酸菌製剤,消化管知覚過敏とストレス感受性改善のために抗うつ薬を用いる.下痢型IBSの男性に対しては5-HT3受容体拮抗薬ラモセトロンを用いる.便秘型IBSならびに機能性便秘に対してはクロライドチャネル-2賦活薬ルビプロストンが用いられる.アントラキノン系下剤の長期投与は,大腸黒皮症,大腸運動異常,下剤への依存などを招きやすいので,IBS患者には行うべきでない.薬物療法が無効なときには心身医学的治療を行う.心身医学的治療には,簡易精神療法,認知行動療法,自律訓練法,催眠療法,絶食療法などがある.[福土 審]
■文献
Drossman DA: The functional gastrointestinal disorders and the Rome III process. Gastroenterology, 130: 1377-1390, 2006.
Fukudo S: Hypothalamic-pituitary-adrenal axis in gastrointestinal physiology. In: Physiology of the Gastrointestinal Tract, 5th ed (Johnson L ed), pp795-815, Elsevier, Oxford, 2012.
Longstreth GF, Thompson WG, et al: Functional bowel disorders. Gastroenterology, 130: 1480-1491, 2006.

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家庭医学館 「過敏性腸症候群」の解説

かびんせいちょうしょうこうぐん【過敏性腸症候群 Irritable Bowel Syndrome】

◎症状は大腸(だいちょう)だけにかぎらない
[どんな病気か]
 精神的ストレスなどによって、腸管の運動亢進(うんどうこうしん)や分泌(ぶんぴつ)亢進がおこり、下痢(げり)や便秘、腹部膨満などの便通異常と腹痛が、慢性的に生じる症候群です。
 以前は、過敏性大腸あるいは過敏性大腸症候群と呼ばれていましたが、大腸だけに障害がおこる病気ではなく、消化管全体に機能障害をともなう病気であるため、現在は過敏性腸症候群と呼ばれています。
 腸の症状を訴えて受診する人の20~70%を占める、頻度の高い腸疾患です。
 便通の状態により、大きく便秘型、下痢型、下痢と便秘をくり返す交互型の3つに分類されます。
 男女比は1対1.6で、やや女性に多く、男性では下痢型、女性では便秘型が目立ちます。
◎心理的ストレスも誘因に
[原因]
 明らかではありませんが、消化管運動や内臓知覚の異常、心理的ストレスに対する腸管の過敏反応、消化管ホルモンなどによる消化管の刺激、および食物アレルギーなどの免疫異常などが、原因として推定されています。
[検査と診断]
 診断は器質的疾患(大腸がん、大腸憩室症(だいちょうけいしつしょう)、虚血性(きょけつせい)大腸炎、潰瘍性(かいようせい)大腸炎、クローン病など)を除外してゆく除外診断が行なわれます。
 排便によって腹痛が改善することや、食後に症状が悪化すること、また、心理的ストレスや環境の変化など、症状の誘因となる心因的背景があったりすることが診断の助けになります。
 また、幼少時からよく腹痛をおこしたり、症状が朝に多く、週末には改善するなどの変動の存在も診断に役立ちます。
◎心身ともにリラックスする
[治療]
 特別な治療法はなく、対症療法が中心となります。治療の目標としては症状の消失も大事ですが、日常生活のなかで症状をコントロールすることが必要となります。それには消化管運動機能調整薬や抗コリン薬、抗不安薬などの薬物治療のほか、日常生活についての指導、心身医学的治療も重要です。
[日常生活の注意]
 ライフスタイルのゆがみや生活環境の変化が原因になることもあります。暴飲暴食を避け、規則正しい生活と排便習慣をつけることが大事です。また、症状を悪化させる食品(コーヒー、香辛料(こうしんりょう)など)の摂取は控えましょう。
 下痢型の人は牛乳や冷たい飲み物、食物繊維を控え、便秘型の人は食物繊維の摂取を心がけることも重要です。ただし、あまり神経質になることはよくありません。過労を避け、適度な運動、睡眠、休養をとり、心身ともにリラックスすることです。

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食の医学館 「過敏性腸症候群」の解説

かびんせいちょうしょうこうぐん【過敏性腸症候群】

《どんな病気か?》


 過敏性腸症候群(かびんせいちょうしょうこうぐん)は、精神的なストレスなどによって、腸が正常に働かなくなり、下痢(げり)や便秘(べんぴ)、膨満感などの症状と腹痛が慢性的に起こる病気です。

《関連する食品》


〈水溶性食物繊維はこんにゃく、寒天、リンゴ、バナナに多い〉
○栄養成分としての働きから
 この病気には、水溶性食物繊維、ビタミンC、カルシウムが有効です。
 食物繊維には、水溶性食物繊維と不溶性食物繊維の2種類があり、不溶性食物繊維は腸壁(ちょうへき)を刺激するので、便秘の場合には有効ですが、下痢には向きません。
 その点、水溶性食物繊維なら、水を含んでゲル状になり、過敏な腸壁をまもりながら食物のかすを掃除してくれる働きがあるので、下痢にも便秘にも効果があります。水溶性食物繊維は、こんにゃく、寒天、リンゴ、バナナといったくだものやサツマイモなどに多く含まれています。
 一方、原因となるストレスに効果的なのがビタミンCです。人間の体は、ストレスが生じると、抗ストレスホルモンを分泌(ぶんぴつ)して対抗するようにできていますが、ビタミンCはこのホルモンの生成に働くのです。
 ただし、ビタミンCには下剤としての作用もあるため、下痢型の人はとりすぎないようにしてください。ビタミンCは、イチゴなどのくだもの、ブロッコリー、ナノハナなどの野菜に多く含まれています。
 また、カルシウムには精神を安定させる働きがあります。牛乳、ヨーグルト、ワカサギ、イワシなども積極的にとるようにしましょう。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「過敏性腸症候群」の意味・わかりやすい解説

過敏性腸症候群
かびんせいちょうしょうこうぐん
Irritable Bowel Syndrome

下痢と便秘が交替性にみられる便通異常が持続し、腹痛を主とする種々の不定愁訴がありながら、それが説明できる器質的病変が腸管の内外にないものをいう。略称IBS。過敏性大腸症候群とよばれていたが、腸全体の機能異常であることから過敏性腸症候群とよばれるようになった。患者は3か月以上の長期にわたって症状を訴えるが、大腸X線検査など多くのどの検査結果も正常であり、わずかに腸管、とくに大腸に運動と分泌の亢進(こうしん)がみられる。大腸の動きが活発となり、粘液も多く分泌され、そのために腹痛があり、下痢や便秘もおこる。下痢は水様性か軟便であるが、便秘は兎糞(とふん)状のことが多い。症状が長期に及んでも、血便となったり、体が消耗することはない。原因は心理・社会的因子(ストレス)によることが多く、心身医学分野の病気でもある。治療法として抗コリン剤や精神安定剤などの薬物療法に加え、難治例では心理療法が行われる。

[吉田 豊]

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百科事典マイペディア 「過敏性腸症候群」の意味・わかりやすい解説

過敏性腸症候群【かびんせいちょうしょうこうぐん】

腸管の緊張や分泌が亢進して,下痢や便秘,腹痛など,さまざまな胃腸症状を呈する疾患。神経質な性格傾向や自律神経系の不安定さが背景にあり,暴飲暴食,不規則な食事時間,過労のほか,心理的なストレスが引き金となって起こる。消化管症状の半数以上はこの病気ではないかとされている。消化管症状のほか,頭痛,めまい,動悸,発汗,不眠,集中力低下,不安感などの自律神経失調症状や神経症状を伴うこともある。食事療法と,腸の働きを調整する薬や精神安定薬による対症療法のほか,慢性的な場合は精神療法が必要。
→関連項目心身症

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「過敏性腸症候群」の意味・わかりやすい解説

過敏性腸症候群
かびんせいちょうしょうこうぐん
irritable bowel syndrome

腹部不快感とそれに続く痛み,下痢から便秘までの排便異常,細い便の排出などの症状を示す腸管の機能異常症。消化器心身症の代表的なもので,以前は大腸の機能異常だけに注目して過敏性大腸症候群と称した。病歴は長いが,腸の炎症や潰瘍,出血といった器質的障害はなく,環境または精神的ストレスの多い時期に症状が悪化する。医師は患者との信頼関係を保ち,精神療法のほか自律訓練法,食餌療法や鎮痛剤,鎮静剤,漢方製剤などの投与を行う。

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