忌みことば(読み)いみことば

日本大百科全書(ニッポニカ) 「忌みことば」の意味・わかりやすい解説

忌みことば
いみことば

災いの降りかかるのを恐れて口にしないことば。また、その避けていわないことばのかわりとして用いることばのことも忌みことばという。忌みことばは、ある特定の職業、職場で用いられることが多い。たとえば、古くは、『皇太神宮儀式帳』(804)に記された斎宮忌詞(さいくういみことば)がある。斎宮は伊勢(いせ)神宮に奉仕するため、神慮をはばかって、仏教関係語や不浄語を避けた。それらは、別の語で遠回しに表現された。髪長(かみなが)(=僧。反対の意味を表すことばによる)、瓦葺(かわらふ)き(=寺。事物一端を表すことばによる)、汗(あせ)(=血。他の似通った事物の名による)といったぐあいである。また、山ことば、沖ことばといって、山仕事、狩猟漁業に携わる人たちが、山神、海神にはばかって、山や海で用いる忌みことばがある。北越地方の山仕事をする人は、山では、草の実(=米)、つぶら(=みそ)などといい、東北地方の猟師は、山に入ると、きむら(=サル)、くろげ(=クマ)などといい、北海道の松前漁師は、海では、こまもの(=イワシ)、なつもの(=マス)などといったことが記録に残されている。このほか、宮中女官の用いる女房詞(にょうぼうことば)、武士の間で使用された武者詞(むしゃことば)にも忌みことばが含まれている。

 以上あげたような特定の職業、職場で用いられた忌みことばのほかに、広く一般の人々の間で行われた忌みことばがある。たとえば、正月詞(しょうがつことば)といって、正月三が日には、縁起を担いで、不吉なことばを口にするのを避け、別の語で言い換えたことが知られている。また、結婚披露宴での忌みことばもその例で、婚礼関係の忌みことばは、すでに室町時代から記録されている。

 なぜ、こうした忌みことばが発生したのか。その淵源(えんげん)は言霊(ことだま)思想に求められる。言霊思想とは、ことばを単なる記号とみるのではなく、事物と一体化したものと考える思想である。したがって、ことばは事物を引き出す力があり、悪いことばは悪い事態を呼び起こすと考えた。そこから、(1)畏敬(いけい)すべき存在に対するはばかりを忘れたことば、(2)不浄感、不吉感を引き起こすことばを避け、別の語で婉曲(えんきょく)に表現することによって、災難から逃れようとしたのである。現在ではこうした思想は衰微してきたため、忌みことばも少なくなっている。

[山口仲美]

『柳田国男著『綜合日本民俗語彙』(1955・平凡社)』『亀井孝他編『日本語の歴史 1・5』(1964・平凡社)』『佐藤俊夫著『習俗――倫理の基底』(1966・塙書房)』『楳垣実著『日本の忌みことば』(1973・岩崎美術社)』『竹中信常著『日本人のタブー』(講談社現代新書)』『井之口章次著『日本の俗信』(1975・弘文堂)』

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