日本歴史地名大系 「志紀南庄・志紀北庄」の解説
志紀南庄・志紀北庄
しきみなみのしよう・しききたのしよう
山城醍醐寺領河内国五ヵ庄のなかの二庄。志紀郡内にあったことは確かだが、それ以上の所在地比定はむずかしい。「醍醐雑事記」に「河内国五箇庄」として「志紀南五十三町五段二百八十歩」「同北五十六町五段六十歩」とある。他の三ヵ庄は
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
山城醍醐寺領河内国五ヵ庄のなかの二庄。志紀郡内にあったことは確かだが、それ以上の所在地比定はむずかしい。「醍醐雑事記」に「河内国五箇庄」として「志紀南五十三町五段二百八十歩」「同北五十六町五段六十歩」とある。他の三ヵ庄は
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...