悲・哀・愛(読み)かなしい

精選版 日本国語大辞典 「悲・哀・愛」の意味・読み・例文・類語

かなし・い【悲・哀・愛】

〘形口〙 かなし 〘形シク〙 対象への真情が痛切にせまってはげしく心が揺さぶられるさまを広く表現する。悲哀にも愛憐にもいう。⇔うれしい
① 死、別離など、人の願いにそむくような事態に直面して心が強くいたむ。なげかわしい。いたましい。
万葉(8C後)五・七九三「世の中は空しきものと知る時しいよよますます加奈之可利(カナシカリ)けり
源氏(1001‐14頃)桐壺「限りとて別るる道のかなしきにいかまほしきは命なりけり」
※人情本・仮名文章娘節用(1831‐34)三「よしない文を明て見たゆゑ、かなしさもかなしし胸がせまって、大きに泪をこぼしました」
② (愛) 男女、親子などの間での切ない愛情を表わす。身にしみていとおしい。かわいくてたまらない。いとしい。
※万葉(8C後)一八・四一〇六「父母を 見れば尊く 妻子(めこ)見れば 可奈之久(カナシク)めぐし」
平家(13C前)一〇「子のかなしいも様にこそより候へ」
※読本・雨月物語(1776)吉備津の釜「十日ばかりさきにかなしき婦(つま)を亡なひたるが」
③ 関心や興味を深くそそられて、感慨を催す。心にしみて感ずる。しみじみと心を打たれる。
※万葉(8C後)一八・四〇八九「百鳥(ももとり)の 来居て鳴く声 春されば 聞きの可奈之(カナシ)も」
古今(905‐914)東歌・一〇八八「みちのくはいづくはあれど塩釜の浦こぐ舟の綱手かなしも〈みちのくうた〉」
④ (連用形を副詞的に用いることが多い) みごとだ。あっぱれだ。
※古今著聞集(1254)一七「かなしくせられたりとて見あさみけるとなん」
⑤ (連用形を副詞的に用いることが多い) 他から受けた仕打ちがひどく心にこたえるさま。残念だ。くやしい。しゃくだ。
無名抄(1211頃)「入道がしかるべからん時取り出でんと思ひ給つる事を、かなしく先ぜられにけり」
貧苦が身にこたえるさま。貧しくてつらい。
※雑談集(1305)六「飢渇(けかつ)かなしくて、母と二人この墓(つか)にすむよし」
[語誌](1)「万葉集」には、死、離別、旅や孤独の悲哀を表わす用例とともに、愛情の表現としても用いられているが、東歌や防人歌ではほとんど後者の意に限られる。
(2)中世から近世にかけて、「たのし」が富裕の意を持つのに対応して、「かなし」に⑥のような「貧しい」という意味が生じた。
かなし‐が・る
〘自他ラ五(四)〙
かなし‐げ
〘形動〙
かなしげ‐さ
〘名〙
かなし‐さ
〘名〙

かなし‐・ぶ【悲・哀・愛】

[1] 〘他バ上二〙 悲しく思う。嘆く。
※万葉(8C後)二〇・四四〇八「今日だにも 言問(ことどひ)せむと 惜しみつつ 可奈之備(カナシビ)ませば 若草の 妻も子どもも」
[2] 〘他バ四〙
① 悲しく思う。嘆く。あわれむ。
※書紀(720)神代下(水戸本訓)「天稚彦の妻、下照姫の哭泣(なき)悲哀(カナシフ)声、天(あめ)に達(きこ)ゆ」
※観智院本三宝絵(984)上「王聞きて驚きて悲ひ泣きて涙を流し給ふ」
② (愛) いとおしむ。いとしがる。
※古今(905‐914)仮名序「かくてぞ、花をめで、鳥をうらやみ、かすみをあはれび、露をかなしぶ心、ことばおほく、さまざまになりにける」
今昔(1120頃か)一九「形端正(たんじゃう)にして心に愛敬有けり。然れば父母も此を悲び給ふ事无限し」
③ 感動をもよおす。心をうたれる。
※宇津保(970‐999頃)俊蔭「その時に、山の主、俊蔭が琴の音をこころみて、かなしび給て、俊蔭を連ね給て二つといふ山に入給ふ」
[語誌](1)上代末に、形容詞「かなし」の語幹に接尾語「ぶ」の付いた上二段動詞として成立し、平安初期にバ行四段動詞となり、「かなしぶ」「かなしむ」と語形のゆれを生じる。
(2)「今昔物語集」以後、「かなしむ」が優勢に転じる。ともに漢文訓読語的、男性語的傾向の強い語であったが、平安後期以降「かなしむ」の用例数が増えるのにつれて、その傾向は薄れていく。

かなし‐・む【悲・哀・愛】

〘他マ五(四)〙
① かなしく思う。なげく。あわれむ。転じて、単に心情をあらわすだけでなく、それをあらわす行為をも含めた意味で用いられることもある。哀願する。
※大慈恩寺三蔵法師伝承徳三年点(1099)九「天恩矜み憫(カナシム)で降(くた)すに良医を以てす」
※徒然草(1331頃)一〇「烏の群れゐて池の蛙をとりければ、御覧じかなしませ給ひてなん」
② (愛) いとおしむ。いとしがる。
※今昔(1120頃か)二六「月満て端正美麗なる男子を産ば、父母、此を悲み愛して」
※浮世草子・好色五人女(1686)四「焼野の雉子子を思ふがごとく、妻をあはれみ老母をかなしみ」
③ 感動をもよおす。心を打たれる。
※宇津保(970‐999頃)菊の宴「おやの心かはりたるにより、一人あるをのこいたづらになしたることをおもしろうつくれり。ひと山の人かなしみののしる」
[語誌]→「かなしぶ(悲)」の語誌

かなしみ【悲・哀・愛】

〘名〙 (動詞「かなしむ(悲)」の連用形の名詞化)
① 悲しむこと。嘆くこと。なげき。
※延慶本平家(1309‐10)二本「此の僧都の悲みはわきまへ遣るべき方もなし」
※若菜集(1897)〈島崎藤村〉天馬「げに世の常の馬ならば かくばかりなる悲嘆(カナシミ)に 身の苦悶(わづらひ)を恨み佗び 声ふりあげて嘶かん」
② (愛) いとおしむこと。情愛。
※今昔(1120頃か)四「阿難答て云く、末世の衆生に祖子(おやこ)の悲み深き事を令知(しらしめむ)が為也。此、恩を知て徳を報ずる也と」

かなし【悲・哀・愛】

〘形シク〙 ⇒かなしい(悲)

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

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