鎌倉時代の説話集。15巻15冊。ただし,巻を立てない2冊本や3冊本もある。編者は未詳。鎌倉時代初期の成立で,1220年(承久2)前後と見る説が有力。書名の由来は諸説あって一定しないが,古来宇治大納言隆国(源隆国)編,またはそれに取捨を加えたものとされてきたことからの称らしく,中世には《宇治大納言物語》と異称されたこともあった。197話の長短編説話を集録し,ひらがな本位の和文体で記した典型的な読物的説話集。雑纂形式で格別の部立はないが,説話の配列には連想による類集性も目立つ。内容は広範多岐にわたり,地域的には日本の説話を主体にインド・中国の説話を収め,話性的には仏教説話系と世俗説話系に二大別される。登場人物は帝王,貴族から武士,庶民に至る社会の全階層に及び,収載説話の分布も都鄙を選ばず,全国的規模に広がっている。主流をなすのは世俗説話系で,全体の約3分の2を占める。説話に対する興味と関心から,広く世上の奇譚珍聞を採録したもので,その内容は貴族的,懐古的趣味に根ざす和歌説話や芸能風流譚から,超階級的関心に支えられた巷間の霊怪譚や卑俗な笑話・昔話まで,世俗百般の話題を集めてきわめて多彩である。芥川竜之介が取材した巻一の〈利仁(としひと)芋粥の事〉,巻二の〈鼻長僧の事〉,巻十一の〈蔵人(くろうど)得業(とくごう)猿沢の池の竜の事〉や,《伴大納言絵巻》の詞書と同話の巻十の〈伴大納言応天門を焼く事〉,また現行昔話の古態を伝える巻一の〈鬼に瘤(こぶ)取らるる事〉,巻三の〈雀報恩の事〉などは,世俗説話中の著名なもの。一方仏教説話系は,仏法僧の霊験奇特譚や発心往生譚など,広く三宝の霊威と信仰の諸相を伝えるものが多いが,概して説教臭に乏しく,ここでも採録の基調が布教よりは説話的興味にあったことがうかがわれる。この系統に属するものとしては,《信貴山縁起絵巻》の詞書と同話の巻八の〈信濃国の聖の事〉や,昔話〈わらしべ長者〉の源流と見られる巻七の〈長谷寺参籠の男利生にあづかる事〉などが著聞する。
話性のいかんにかかわらず,総じて構成にむだがなく,表現も洗練されて,読物的説話としての完成度が高いが,わけても魅力的話題に富むのは世俗説話で,そこに展開する多彩な事件描写と,それに対処する貴賤男女の思慮と行動の叙述には人間理解の深さもうかがわれて秀逸なものが多い。《今昔物語集》《古本説話集》《古事談》などに本書収載話と同文に近い説話が多出するのも,それらが当時人気ある話題として書承されていた一証で,その意味でも本書は,編者の趣向を通じて,中世初期の時代的好尚を凝結した出色の説話集と評価することもできよう。なお中・近世を通じて比較的流布したようで,後代文学への影響も顕著なものがあった。本書のもつ笑話的性格が安楽庵策伝の《醒睡笑》以下,近世咄本の世界で珍重され,奇譚異聞的内容が浅井了意の仮名草子や,井原西鶴,都の錦などの浮世草子に素材を提供したことなどはその好例である。芥川竜之介以下の近代作家が注目したのも,多彩な話題と巧みな人間描写にひかれるところが大きかったのであろう。
執筆者:今野 達
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鎌倉初期の説話集。作者不詳。1221年ごろ成立か。序文によれば、書名は『宇治大納言(だいなごん)物語』の続編(拾遺編)の意とも、編著にかかわる侍従(唐名拾遺)という官職にちなむものともいわれている。道命阿闍梨(どうみょうあじゃり)と和泉式部(いずみしきぶ)との情事を伝える巻頭第1話に始まり、聖哲孔子が大盗賊にやりこめられるという末尾の第197話に至るまで、長短の説話が自在な連想のもとに書き継がれている。天皇、貴族から僧侶(そうりょ)、武士、盗賊に至るまでのあらゆる階層の人物が登場し、それぞれ、成功談、失敗談、あるいは奇妙な話、不思議な話、笑い話など、さまざまな内容の話が載せられている。また中国、インドなど異国を舞台とした話や、『こぶ取り爺(じじい)』『わらしべ長者』などの昔話に通じる民話風の話もみられ、他の説話集と比べて、素材や内容の面で広がりは著しく、そこには作者の人間や社会に対する自由で柔軟な思考や感覚といったものをうかがうことができる。「今は昔」「是(これ)も今は昔」といった穏やかな語り出しに始まり、全体に平易でわかりやすい和文脈の語り口で語られてはいるが、その内容には鋭い人間批評や風刺、皮肉がきいているものも少なくなく、味わい深い作品である。散逸した『宇治大納言物語』(成立不詳)の影響の下に成立したと考えられ、『古本説話集』(1131ころ成立か)、『古事談』(1215以前に成立か)、『世継(よつぎ)物語』(成立不詳)などとほぼ同文の類話を多く載せ、相互の密接な関係を推定することができるが、80余の共通話をもつ『今昔(こんじゃく)物語集』(成立不詳)とは直接の書承関係は認められない。
[浅見和彦]
『渡辺綱也・西尾光一校注『日本古典文学大系27 宇治拾遺物語』(1960・岩波書店)』▽『小林智昭校注・訳『日本古典文学全集28 宇治拾遺物語』(1973・小学館)』
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鎌倉初期の説話集。編著者未詳。2巻で,1659年(万治2)整板本以降,15冊本となる。雑纂。197話。成立は159段「後鳥羽院御時」の記述から,承久の乱(1221)後まもなくとされる。序文には散逸した「宇治大納言物語」の改訂増補とあるが,隣接話題との有機的な連関性や離れた話題相互の対話的関係性が指摘されるなど,緊密な編纂に独自の作品世界の形成が認められる。話題は内外貴賤聖俗にわたり多様。大半は「今昔物語集」などに同話がみられるが,明確な意味づけを示さずにさまざまな読みを引きだす仕掛けをもつ点が特徴。既成の価値観を相対化しながら笑いに解消する姿勢に,変動期の表現性がうかがえる。「新日本古典文学大系」所収。
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…説話集冒頭に称徳天皇と道鏡の好色説話を置き,花山院と馬内侍,後冷泉院と源隆国にまつわる逸話など,天皇に関する好色秘話を含むことにもその一端が示されている。《宇治拾遺物語》の編纂資料となった。また,本書の強い影響のもとに《続古事談》が成立した。…
※「宇治拾遺物語」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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