内科学 第10版 の解説
感染性腸炎 - 感染経路と原因による分類(腸炎)
—感染経路と原因による分類
a.経口感染による腸炎
感染性腸炎には,毒素原性型(toxigenic type)と菌の組織侵入型(invasive type)の2つがある.毒素原性型には,生体外毒素産生型と生体内毒素産生型であるコレラ菌,腸管出血性大腸菌などがある.菌が腸粘膜上皮細胞に定着,増殖する際に毒素を産生することで発症する.一方,組織侵入型には赤痢菌,カンピロバクターがあり,菌は腸粘膜上皮細胞に定着,上皮細胞を破壊し,侵入,増殖し,びらんや潰瘍を形成する(表8-5-3).
ⅰ)病原大腸菌性大腸炎
ヒトに病原性をもつ大腸菌は,組織侵入性大腸菌,毒素原性大腸菌,狭義の病原大腸菌,腸管出血性大腸菌,腸管凝集性大腸菌の5種類が知られ,食中毒や旅行者下痢症(特に毒素原性大腸菌)の原因菌となる.通常,ニューキノロン系抗菌薬が有効である.しかし,1996年に病原性大腸菌O157による出血性大腸炎は幼児に集団発生し死亡例も出たために,1999年より感染症法三類感染症に分類され,患者,無症状病原体保有者について診断後直ちに届出をしなければならないことになった.大腸菌は細胞壁のO抗原(O1〜O173)と鞭毛のH抗原(H1-H56)により分類されるが,腸管出血性大腸菌はO157:H7の発生頻度が高い.また症状は志賀毒素によって生ずる.本菌の感染は家畜や感染者の糞便により汚染された食品や井戸水の経口感染がほとんどである.ベロ毒素の関与が知られ,通常2~14日の潜伏期を経て激しい腹痛と水様性下痢で発症する.その後血便も生ずるようになる.発症1週間後より約10%がさらに溶血性尿毒症症候群(hemolytic-uremic syndrome:HUS)を続発すると急性腎不全,血小板減少,溶血性貧血を生じ,脳症に至る.重篤な経過をとると3%は死亡するといわれている.治療は補液で十分に水分補給を行い,HUSを生じたときには透析や全身管理を行う.早期にホスホマイシンなどの抗菌薬を投与するとHUSへの移行が少ないという報告もある.
ⅱ)サルモネラ腸炎
サルモネラは哺乳類,爬虫類,鳥類などに広く存在し,動物飼料が汚染し家畜,ニワトリの保菌が起こり,食肉や卵が汚染される.ミドリガメなどのペットより感染することもある.汚染された原因食を摂取後,生体外毒素を産生し8~48時間で悪心,嘔吐,下痢,腹痛,発熱で発症する.ニューキノロン系抗菌薬が有効である.
ⅲ)細菌性赤痢
発症者の多くが海外(東南アジア周辺)帰国者で,汚染飲料水や食品の経口摂取が原因である.潜伏期間は1~3日で発熱,腹痛,泥状~水様便,テネスムス,のちに膿粘血便をみる.治療にはニューキノロン系抗菌薬あるいはホスホマイシンを用いる.
ⅳ)カンピロバクター腸炎
人畜共通伝染病であり,ウシ,ブタ,ニワトリなどの家畜やペットの腸管に認められ,肉類や牛乳から感染する.特に鶏肉からが多い.潜伏期間は3~7日で症状は水様性下痢,発熱,腹痛で,病悩期間が1週間程度である.対症療法で症状の改善をみることが多いが,ときに敗血症,髄膜炎,腹膜炎を生じることもあり,マクロライド系抗菌薬あるいはホスホマイシンを用いる.
ⅴ)コレラ
コレラ菌に汚染された食物や飲料水の経口摂取により感染する.米のとぎ汁様の水様便の下痢を呈する.発熱はなく脱水,電解質の喪失を生ずることが多い.治療は補液とテトラサイクリン系,ニューキノロン系の抗菌薬を用いる.
ⅵ)腸チフス・パラチフス
サルモネラ属のチフス菌およびパラチフス菌の経口摂取により感染する.三類感染症に指定されている.潜伏期間は1~2週間で菌が腸管から侵入し,高熱で発症する.マクロファージに感染してその内部で増殖する.脾腫やバラ疹をみる.病期が進むと腸出血,腸穿孔を生ずることがある.クロラムフェニコールが第一選択で耐性菌はニューキノロン系抗菌薬を用いる.
ⅶ)その他の細菌による急性腸炎
黄色ブドウ球菌によるものが多い.原因食を食べると生体外毒素を産生して症状を呈する.潜伏期間は2~5時間であり,かなり発症が早い.
ⅷ)ウイルス性腸炎
多くは小児で重要視されてきた.ノロウイルス,ロタウイルスや腸管アデノウイルスなどは成人においても急性下痢症の原因となるが,多くは自然に治癒する.潜伏期は1~3日.
ⅸ)腸真菌症
消化管真菌症は主として食道,胃にみられるが,まれに小腸,大腸に及ぶことがある.
b.性行為感染症による腸炎
性行為感染症による腸炎にはアメーバ赤痢,クラミジア,梅毒,ヘルペス,AIDSに伴うサイトメガロウイルスなどがある.日本においてはそれらは異性間でもみられるため注意を要する.
ⅰ)アメーバ性大腸炎
赤痢アメーバ原虫の囊子を経口摂取することにより感染する疾患で,無症状の保虫者から粘血便を伴う激烈な下痢症を呈するものまである.感染症法四類感染症に分類され,診断後7日以内に届出をしなければならない.経口摂取された囊子は小腸で脱囊して栄養になり大腸に寄生して腸炎を起こす.また,腸管から血行性,リンパ行性に肝臓に侵入し肝アメーバ膿瘍を形成する.潜伏期間は1~3カ月で腹痛,テネスムス,下痢,イチゴゼリー様粘血便などを主症状とする.内視鏡では中心部に黄白苔を有する下掘れ潰瘍やびらんがみられ,このタコイボ様所見が特徴とされている.診断が糞便や生検標本,腸粘液での原虫の証明で確定する.確定診断困難例や治療効果をみるのに血清アメーバ抗体価の測定が有用である.治療はメトロニダゾールが有効である.
ⅱ)クラミジア腸炎
菌の直腸への直接侵入により感染し,発赤,リンパ濾胞などの直腸炎を呈する.生検組織や擦過診のサンプルから培養や抗原および血中抗体価の測定が有用である.治療はテトラサイクリン,マクロライド,ニューキノロンが有効である.
c.外傷などの感染—腸放線菌症(intestinal actinomycosis)
放線菌が傷,炎症のある部位から侵入し感染を確立し,慢性,亜急性に化膿性肉芽腫や瘻孔を形成する.回盲部に好発し,ペニシリン系抗菌薬の大量長期投与か外科的切除により治療する.
d.細菌以外の経口感染によるもの—寄生虫による腸炎
アニサキスは胃壁に刺入し上腹部痛で発症することが多いが,小腸や大腸の腸壁に刺入した場合,虫垂炎,腸閉塞,腸穿孔と誤診され,開腹手術を受けることもある.診断は内視鏡や注腸X線検査による虫体の発見であるが,ペア血清によるアニサキス抗体の上昇も有用である.糞線虫症はHIVや成人T細胞白血病に感染している人が感染しやすく,下痢を呈し,自家感染を繰り返し重症化することが多い.鞭虫症はほとんど無症状であるが盲腸に寄生し,虫垂炎様症状をきたすことがある.[峯 徹哉]
■文献
Cantey JR: Infections diarrhea. Pathogenesis and risk factors. Am J Med, 28: 65-75, 1985.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報