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戦艦ポチョムキン せんかんポチョムキン Bronenosets "Potëmkin"

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

戦艦ポチョムキン
せんかんポチョムキン
Bronenosets "Potëmkin"

ソ連映画。ゴスキノ 1925年作品。監督セルゲイ・ミハイロビッチ・エイゼンシュテイン1905年に実際に起こったポチョムキン号の反乱を映画化したもの。集団の主人公(水兵たち,オデッサの市民),力感あふれる構図や画面転換,むだのない物語構成と比喩のモンタージュ(立ち上がる石のライオン)などによって,世界映画史上傑作の一つとみなされている。

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デジタル大辞泉の解説

せんかんポチョムキン【戦艦ポチョムキン】

《原題、〈ロシアBronenosets Potyomkin》ソ連の映画。1925年作。エイゼンシュテイン監督。1905年に起きたポチョムキン号の反乱事件をモンタージュの手法を駆使して描いた、サイレント映画の傑作。

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百科事典マイペディアの解説

戦艦ポチョムキン【せんかんポチョムキン】

ロシア映画。1925年作。監督エイゼンシテイン。1905年革命20周年記念映画として作られた。1905年オデッサ港に起こった戦艦ポチョムキンの水兵たちの反乱と,これに呼応したオデッサ市中の人民の虐殺を記録的に描く。

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デジタル大辞泉プラスの解説

戦艦ポチョムキン

1925年製作のソ連映画。1905年に起きたポチョムキン号兵士の革命的反乱を描く。監督:セルゲイ・エイゼンシュテイン

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世界大百科事典 第2版の解説

せんかんポチョムキン【戦艦ポチョムキン Bronenosets Potyomkin】

1925年製作のソビエト映画エイゼンシテイン監督の長編第2作にあたる。当時27歳のエイゼンシテインが,政府の計画による1905年革命の20周年記念映画の1本としてつくったもので,D.W.グリフィス監督《国民の創生》(1915),オーソン・ウェルズ監督《市民ケーン》(1941)と並んで世界映画史上もっとも重要な画期的作品とされている。はじめにエイゼンシテインとニーナ・アガジャーノワ・シュトコが準備した脚本《1905年》は,革命の全般を描こうとする数百ページに及ぶものであったが,その内のわずか半ページにあたる黒海艦隊の反乱をテーマにした部分を〈五幕の悲劇〉,すなわち〈人間と蛆〉〈後部甲板上のドラマ〉〈死者からの訴え〉〈オデッサ階段〉〈艦隊との遭遇〉という構成で完成した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

戦艦ポチョムキン
せんかんぽちょむきん
Броненосец Потёмкин Bronenosets Potyomkin

ソ連映画。1925年作品。監督セルゲイ・エイゼンシュテイン。革命後のソビエト映画の誕生を世界に告げた作品であるばかりでなく、映画史上を通じてのサイレント映画の傑作である。1905年に実際に起こったポチョムキン号の反乱に題材をとり、十月革命への先導者として反乱の水兵たちをたたえている。物語は、水兵たちと蛆(うじ)、甲板上の反乱、死者の訴え、オデッサの階段、艦隊の出会い、と五部構成をなしており、速いテンポ、動的な画面、力強い構図、断片的モンタージュという特徴をみせながら、記録映画的な性格をもあわせもっている。特定の主人公をもたない集団描写、立ち上がる石のライオン像などに代表される象徴的モンタージュ、動と静が交錯する緩急のリズム、革命への熱いメッセージなど、当時の興行中心の映画製作とは異質の新しさによって観客を圧倒した。なかでも、オデッサの市民がツァーの兵士たちによって虐殺される「オデッサの階段」のシーンは有名である。プロパガンダ映画の完璧(かんぺき)な例として、またモンタージュ理論の優れた例として、世界の映画人に与えた影響は大きい。日本では1959年(昭和34)の非劇場自主上映、1967年の一般公開が初上映である。オリジナル・プリントが失われたため、検閲カットによる不完全なプリントが出回っていたが、1976年ソ連本国で完全版が編集され、日本では翌年に公開された。[岩本憲児]
『山田和夫監修『エイゼンシュテイン全集2 戦艦ポチョムキン』(1974・キネマ旬報社) ▽山田和夫著『戦艦ポチョムキン』(1978・大月書店)』

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世界大百科事典内の戦艦ポチョムキンの言及

【エイゼンシテイン】より

モンタージュ理論とその実践である映画史上不朽の名作《戦艦ポチョムキン》によって知られるソ連の映画監督,理論家。チャップリンと並んで世界映画史上の〈天才〉,あるいは〈巨人〉といわれ,多彩な才能がレオナルド・ダ・ビンチにもたとえられたが,ソ連の政治状況の中で映画監督としては〈形式主義者〉としてきびしい批判を浴び,実作活動もままならず(実際,名声の割りには作品の数は少なく,25年間に自分の手で完成した作品はわずか6本である),その間に執筆活動に挺身し,理論家として映画芸術の発展に寄与する豊かな遺産を残している。…

【サイレント映画】より

…映画を純視覚的な時間芸術に還元するドイツの〈絶対映画〉や,純粋に感性的で視覚的なリズムの芸術としてのフランスの〈純粋映画〉も現れた。そして,映画の生命として発見された〈モンタージュ〉を〈映像による思想の伝達手段〉として理論化し実践したソ連で,世界の〈サイレント映画〉時代を代表する作品《戦艦ポチョムキン》(1926)がつくられた。 映画は,〈音〉をもたない30年の間に映像だけの,純粋に視覚的な〈サイレント映画〉という新しい芸術形式を完成した。…

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