改訂新版 世界大百科事典 「所得効果代替効果」の意味・わかりやすい解説
所得効果・代替効果 (しょとくこうかだいたいこうか)
income effect, substitution effect
消費者選択(行動)の理論における分析用語。ある財の価格が一定で,消費者の所得が変化したとき,それ以前と同等の効用の水準を保つには諸財の購入量がそれぞれどのように変化しなければならないかを表すのが〈所得効果〉であり,一方,消費者の所得が一定である財の価格が変化したとき諸財の購入量がどのように変化しなければならないかを表すのが〈代替効果〉である。
図において食料・衣料の2財に対する需要は,予算線ABと無差別曲線Uとの接点Eに定まる。さて,ここで2財のうち食料の価格のみが下落したとしよう。このとき,〈価格の下落はその財の需要を増大させる〉という需要法則law of demandはつねに成立するのであろうか。これを明らかにするのがスルーツキー分解である。これは価格の変化(下落)が需要に与える影響(価格効果price effect)を二つに分解して考察するものである。すなわち,まず無差別曲線Uに対し新しい予算線AB′に平行な接線CDをひく。そしてEからE′への変化(価格効果)を,EからE″への変化(代替効果)と,E″からE′への変化(所得効果)に分解する。食料価格の下落は,(1)食料を衣料に比べて相対的に安くし,(2)所得の実質購買力を増加させてもいて,これら二つがあいまって,EからE′へ変化させた。所得効果は,このうち(2)のみが引き起こす変化を表している。なぜなら,価格変化にかかわらず無差別曲線U上の点を選ばすには,予算線はCDであればよいが,価格下落により所得の実質購買力が増加し,その結果予算線がAB′になったからである。財には,所得増加(減少)に伴って需要の増加(減少)する正常財と,需要の減少(増加)する劣等財とがある。したがって,価格下落に伴う所得効果は,その財が正常財なら需要を増加させ,劣等財であれば減少させる。他方,価格下落に伴う代替効果は,必ずその財の需要を増加させる。したがって,財が劣等財で,かつその所得効果が代替効果を凌駕するという例外的な場合(このときを,ギッフェンの逆説という)以外,需要法則は成立するのである。
一方,代替効果は,(1)のみが引き起こす変化を表すものである。無差別曲線U上の点のみを選ぶことができるときに,食料価格下落前ではEが選ばれ,下落後はE″が選ばれる。これは,価格変化に対応して,相対的に高くなった衣料の購入をひかえ,相対的に安くなった食料の購入を増すという,衣料と食料との代替を意味している。代替効果のみに限れば,限界代替率逓減の下では,価格の下落は需要を増大させる。しかし,所得効果による食料需要の変化が減少の方向に働くときには,需要法則の成立しない可能性もある。なお,このような所得効果,代替効果を定式化したのはソ連の統計学者,数学者スルーツキーE.Slutsky(1880-1948)であり,J.R.ヒックスによりスルーツキー方程式と命名された。
→消費者選択の理論
執筆者:賀川 昭夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報