日本音楽の用語。いくつかの分野で用いる。〈さしごえ〉ともいい,サシコエ,差声,刺声と書かれることもある。まず声明(しようみよう)では,講式や論義,つまり語り物的な曲種において,あまり旋律的ではなく,シラビック(1音節に1音符があてられる声楽様式)に演唱する部分とその旋律様式をいう。ただし,実際の旋律は,声明の流派によって異なる。平曲でも,シラビックな演唱を基本とする特定の旋律様式による部分をいう。節物(ふしもの)に多く用いられ,この部分全体をさらさらとよどみなく運ぶが,音域が広い点や,段落部分にメリスマ的旋律(1音節に多数の音符があてられる装飾的声楽様式)が用いられるなどの点では,クドキ(口説)より音楽的効果が大きいといえる。能のサシコエは,謡の音階音の一つであるサシ上音の古称。あるいは謡事(うたいごと)のひとつとしてのサシの古称,または別称である。世阿弥時代においては,サシゴトともいったが,両者の区別は必ずしも明確ではない。現在ではサシの中でも特定のもの,たとえばクセの前に置かれるサシ以外のサシをサシコエと称する立場がある。
執筆者:蒲生 郷昭
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報