内科学 第10版 「播種性血管内凝固症候群」の解説
播種性血管内凝固症候群(血小板/凝固系の疾患)
播種性血管内凝固症候群(DIC)は種々の疾患を基礎に発症する病態である.基礎疾患ごとに差はあるが,全身微小血管に血栓が多発し,その結果,各種臓器の虚血性機能不全とともに,血小板や凝固因子の消費性減少と,線維素溶解(線溶)反応の活性化がみられ,出血傾向が現れる.虚血症状と出血症状は同時に観察されることもあれば,どちらかが強く顕現している場合もある.凝固反応とともに全身のサイトカインネットワークも活性化され,炎症反応も加わってDICの病態を複雑にしている.
病因
基本的にはいかなる疾患も基礎疾患になり得る.悪性腫瘍(白血病とその類縁疾患を含む)と,敗血症の頻度が高い.このほか,羊水塞栓や常位胎盤早期剥離などの産科的疾患も基礎疾患として重要である.基礎疾患が重複すると(たとえば白血病と感染症)DIC発症率が著増する.
疫学
わが国のDIC疫学調査は旧厚生省研究班により,1998年に実施されたものが最新である.全国243施設で,年間73000人である.海外では調査されていない.近年の検査や病態生理を含むDIC解析の進歩を考えると,新規調査が望まれる.
病理・病態生理
基礎疾患と成因により3種類に大別される.
1)Ⅰ型DIC:
凝血惹起物質が血管内に流入
羊水栓塞や外傷,および手術時などには,組織因子が直接血中に流入して外因系凝固反応を駆動する.蛇にかまれたときにはトロンビン様活性をもつ蛇毒が血栓を形成する.白血病とその類縁疾患では腫瘍細胞崩壊時に大量に,固形癌ではわずかずつ,血中に組織因子が流入し,その流入速度により急性,あるいは慢性DICを惹起する.この型のDICでは,血栓傾向とともに,血小板・凝固因子の消費とフィブリン上で進展する二次線溶反応亢進による著明な出血傾向もみられる.白血病では腫瘍細胞から放出される白血球エラスターゼなどが分解酵素活性を有し,線溶反応などを修飾する.
2)Ⅱ型DIC:
血管内皮細胞および単球の血栓惹起活性の亢進とサイトカインストーム
グラム陰性桿菌による敗血症で単球の活性化を通して炎症性サイトカインの産生放出が亢進し,血管内皮細胞や白血球を活性化する.活性化された細胞では,サイトカインのほか,組織因子やplasminogen activator inhibitor-1(PAI-1)の産生が著明亢進する.結果,凝固反応の著しい活性化と線溶の抑制により難溶性の血栓が多発する.敗血症が重症化し,細菌由来リポポリサッカライド(LPS)量が著しく増加すると,結合親和性は低いがLPSはToll-like receptor 4(TLR4)を介して血小板膜に結合する.このLPSの結合した血小板は好中球と複合体を形成し,好中球に細胞死を惹起する.細胞死に伴い放出されたDNA成分と細胞質成分はneutrophil extracellular traps(NETs)を形成し,これが投網のように病原体を捕獲し死滅させる(図14-11-7)(Urbanら,2007).しかし,同時に好中球細胞核内のヒストンやhigh mobility group box protein-1(HMGB1)も放出され,血管内皮障害が惹起される.
これら一連の反応は,生体にとって負の側面をもつが,細菌を全身に播種させず,局所に限局させる生体の知恵でもある.
3)Ⅲ型DIC:
血管内皮障害と血流異常
先天性異常(Kasabach-Merrit症候群)や免疫反応による血管炎(膠原病など),および動脈瘤などで,抗血栓機能を有する血管内皮細胞の障害と血流の異常により,血栓形成が常時軽度促進される.
臨床症状
基礎疾患による症状以外にDICに伴う血栓症,および出血症状などがみられる.
1)出血傾向:
血小板減少に伴う小紫斑や鼻出血などの皮膚粘膜出血,および凝固因子低下に伴う広範な紫斑や皮下筋肉内出血などの深部出血,さらに線溶活性亢進に伴う頭蓋内出血や圧迫止血困難な漏出性出血が種々の程度に観察される.
2)血栓傾向:
血栓形成部位により臓器特異的な虚血症状が観察される.中枢神経系では昏睡や麻痺など多彩な症状が,腎臓では乏尿,無尿が,呼吸器では肺塞栓症状のほか,成人呼吸促迫症候群を生ずることもある.消化器では腹痛,下血が,副腎ではWaterhouse-Friderichsen症候群がみられることがあるが,臨床的に心筋梗塞を呈することはまれである.
検査成績
基礎疾患とDICに伴う臓器障害による検査異常のほか,凝血系検査異常もみられる.血小板は慢性DICでは産生が代償され正常値を示すこともあるがたいていの例で低下する.凝固因子も低下し,残存凝固因子活性を反映するPT,APTTなどが延長する.フィブリノゲン量は敗血症などでサイトカイン産生亢進のみられるときは正常値もしくは高値を示す.トロンビン生成は,フィブリンモノマーやトロンビン・アンチトロンビン複合体(TAT)が,線溶活性化はプラスミン・α2プラスミンインヒビター(α2-PI)複合体(PIC)やフィブリノゲン・フィブリン分解産物 (FDP),および,D-ダイマーが指標として用いられる.制御因子であるアンチトロンビンや,α2-PIの血中レベルも消費性に,あるいは血管透過性亢進により血中レベルが低下する.
診断
基礎疾患,誘因,および種々の検査所見を総合して診断する.1988年に改訂された旧厚生省診断基準(表14-11-7) (坂田,2011)がDIC診断確定には現在でも有用で,薬剤の有効性判定にそのスコアが用いられることが多い.基礎疾患の有無,出血・臓器症状の有無のほか,FDP値,血小板数,フィブリノゲン濃度,PT比などの値がスコア化され診断される.血小板数の低下は重要な検査所見ではあるが,血液疾患では診断から除外される.PT延長,FDP増加が診断上重要である.しかし,Ⅱ型では線溶が抑制されるため,フィブリンモノマー(トロンビン生成)とPAI-1の血中レベル上昇が予後判定の参考になる.ほとんどの凝固因子が肝臓で産生されるため,肝障害のある患者ではTATやPICなど健常人血中にはほとんど存在しないマーカーの検討が必要となる.Ⅱ型DICでは,治療開始時期が予後に関与するために,少し診断特異度は低下するが,早期治療を目指してSIRSの有無,血小板数変化,PT比,FDPレベルなどに絞った救急領域DIC診断基準が提唱されている.その他,外科,産科,小児科などそれぞれの領域特殊性を考慮した診断基準も存在する(坂田,2011).
鑑別診断
類縁疾患として,血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)や,O157感染などに伴う溶血性尿毒症症候群(HUS)がある.さらに,ヘパリンと血小板第4因子複合体に対する自己抗体産生により発症するヘパリン起因性血小板減少症(HIT),そして発熱,血球減少,肝脾腫を伴う血球貪食症候群(HPS)も鑑別を要する.TTP, HUSは多発性血小板血栓を主体とする疾患である.HITとHPSについてはデータ上はDICと鑑別困難である.
経過・予後
予後は基礎疾患が左右することが多い.Ⅱ型重症例では治療開始が遅れると,ほとんどが虚血性多臓器不全を合併し,救命困難となる.
治療
DICの治療は基礎疾患治療が最も重要である.基礎疾患が治療不能であるか,治療に時間のかかるとき,DICにより落命しないための対症療法として,抗凝固療法と補充療法がある.
1)抗凝固療法:
ヘパリン,低分子量ヘパリンおよびヘパリン様物質であるダナパロイドは血中アンチトロンビン(AT)に結合し,その抗凝固活性を増強する.ヘパリン-AT複合体はトロンビン,活性化X(Xa)因子を同程度阻害するが,ほかの2つの薬剤とATの複合体はXa因子活性を主として中和する.メシル酸ナファモスタットなどの蛋白分解酵素阻害薬は活性化凝固因子の活性部位に結合し,その活性を競合阻害する.血中半減期が短いために持続投与が必要になるが,出血の程度を見ながらの調整が可能である.また,手術の必要な患者では術前まで使用できる.最近,トロンビンによるプロテインC活性化補助因子である組み換えトロンボモジュリン(TM)が保険収載された.日本発の薬剤であり,4000例をこえる市販後調査において,感染症および造血器悪性腫瘍を基礎疾患としたDICに効果があり,出血性副作用も少ないことが報告された.これら抗凝固薬による治療では出血を惹起するほどの低凝固状態を起こさないように十分注意する必要がある.特に潰瘍や中枢性出血のあるときは薬剤選択にも配慮を要する.凝固によって惹起される二次線溶亢進に対しては抗凝固・抗線溶の両作用をもつメシル酸ナファモスタットを用いる.
2)補充療法:
血小板や凝固因子の消費性低下が激しいときは,抗凝固療法を併用しながら,新鮮凍結血漿や血小板の補充が必要になる.凝固活性化に伴いAT活性低下の著しいとき(70%以下)はAT製剤の補充も考慮する.
禁忌
病態生理より明らかなように抗線溶薬の単独投与は,生体防御的に働く二次線溶反応を抑制し,虚血性臓器障害を悪化させるため禁忌である.[坂田洋一]
■文献
Urban C, Zychlinsky A: Netting bacteria in sepsis. Nat Med, 13: 403-404, 2007.
坂田洋一企画・編集:特集DIC−診断・治療の最前線,医学のあゆみ,238(1), 2011
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播種性血管内凝固症候群(血液疾患に伴う神経系障害)
DICは重症感染症,悪性腫瘍,外科手術などに引き続いて起こる後天性の出血・塞栓性疾患である.DIC患者では神経系に多発性の出血がみられ,ときに血栓も起こる.神経症状としては痙攣,精神機能異常,出血による局所神経徴候などがみられる.脳組織は凝固外因系の引き金となるトロンボプラスチンが豊富で,トロンビンの接着因子であるトロンボモジュリンに乏しいことから,DICの標的臓器になりやすい.担癌患者では慢性DICを起こし,反復する脳卒中を起こすことがあり,Trousseau症候群とよばれ傍腫瘍症候群の1つとしてとらえられている.腺癌で起こりやすい.DICは全身性の出血傾向であり,血友病と同じ機序で末梢神経障害も起こしうる.[有村公良]
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報