日本大百科全書(ニッポニカ)「救急車」の解説
救急車
きゅうきゅうしゃ
負傷者、病人を緊急に医療機関に運べるように装備された自動車のこと。救急隊員が医療機関で治療を受けるまでの応急処置を行う。救急自動車ともいう。
[岡村正明・窪田和弘]
歴史
救急車の始まりは、18世紀のナポレオン戦争のとき、フランス陸軍の軍医ジーン・ラリーが戦場で馬車を使って傷兵の救護をした記録に求められる。市民生活のなかでは1869年にシンシナティ市(アメリカ)の病院が患者の輸送に馬車を使ったのが記録上最初である。その後、ニューヨーク市は、1870年ベルビュー病院に行わせ、ロンドンは1879年が初めで、いずれも救急馬車である。最初の救急車は1899年、シカゴのミハエル病院で使われたという。日本では、日本赤十字社大阪支部が1931年(昭和6)に開始したのが最初で、消防機関では1933年横浜市が初めて導入、その後名古屋市、京都と続き、1935年には警視庁消防部に6台の救急車が配置された。その後、モータリゼーションの発達とともに、世界各国とも、とくに第二次世界大戦後、急速に救急車が整備され、欧米などでは各都市が公衆保健業務の一つとして、病院、赤十字、消防あるいは篤志団体にこの業務を実施させている。また、病院独自に救急車を運用しているところもある。日本では、1963年(昭和38)消防法で一定の市町村に消防業務として救急車を消防署に備えさせ、2011年(平成23)4月時点で6003台の救急車を保有している。
[岡村正明・窪田和弘]
構造・装備
救急車は道路運送車両法で定められた緊急自動車の規準に適合する警光燈およびサイレンを備え、車体の塗色を白色とするほか、救急業務に必要な応急処置などの知識、技術を修得した救急隊員3人以上および傷病者2人以上を収容できること、ベッド1台以上および担架2台以上を収納し、かつ隊員が業務を行うことができる容積を有するものであること、救急業務の実施に必要な資器材を備えていることなどの条件を満たさねばならない。
傷病者の観察を行うための血圧計や心電計、救命処置のための自動体外式除細動器、輸液・薬剤セット一式、気管内チューブ等のほか、通信や救出等に必要な資器材が救急車に積載されてあり、救急業務および救急医療の基礎、傷病別の応急処置など、救急業務に関する講習を修了した救急隊員で救急隊が構成される。
また、1995年(平成7)1月の阪神・淡路大震災の際にヘリコプターが重症患者の搬送等に使われ、その必要性、有用性が認識されたこと、および全国的に配備されていることを踏まえ、1998年には都道府県や大規模な消防本部が保有するヘリコプターによる傷病者搬送も救急業務として、消防法施行令第44条に位置づけられた。なおパイロット以外の乗員は救急隊員2人以上で編成しなければならないとされており、救急車と同様な資器材が積載されている。
欧米に比べて十分ではないと指摘されていた救急現場および搬送途上における応急処置(プレホスピタル・ケア)の充実を図るため、救急救命士法(平成3年法律第36号)に基づき、1992年に救急救命士の国家資格が設けられた。救急救命士になるためには、国家試験に合格し、厚生労働大臣の免許を受ける必要がある。救急車による医療機関への搬送途上、医師の指示のもとに、呼吸や心臓の止まった、いわゆる心肺機能停止状態の傷病者に対して気管挿管、薬剤投与など一般の救急隊員ではできない高度な応急処置を行うことができる。
[窪田和弘]
通報と活動システム
災害による事故、屋外または公衆の出入りする場所での事故、屋内での事故による傷病者や重篤な症状を示す急病人が発生した場合に、救急車を呼ぶことができる。日本では火災、救急などの火災報知専用電話として119番が用いられている。119番通報すると、消防本部にある消防指令センターで受信され、救急事故現場にもっとも近い消防署から救急隊が出動する。なお、119番通報時に発信場所の位置情報を消防本部に通知するシステムの導入は、救急隊の迅速な出場に役立っている。消防指令センターは管制下にある現場の救急車から無線電話で傷病者の状態や現場状況等の報告を受け、それをもとに救急隊の活動をサポートする。また、消防指令センターと救急病院とはワンタッチの有線電話で傷病者の状況、病状を相互に連絡しあい、救急医療情報システムでリアルタイムに収集した情報をもとに、医療機関への迅速な受入れを行う体制がとられている。さらには、活動中の救急隊に応急処置や医療機関の選定などの指示、助言をするため、消防指令センターに医師を24時間配置している消防本部もある。
[窪田和弘]
『山田高治著『消防と生命――救急活動についての基本的な考え方』(1974・東京法令出版)』▽『青木克憲著『救急の話――救急隊が着くまでに、あなたは何ができる?』(1999・静岡新聞社)』▽『石原晋・益子邦洋監修、山本五十年編『救急現場学へのアプローチ』(2008・永井書店)』▽『消防庁編『消防白書』各年版(ぎょうせい)』